唇から始まる、恋の予感
味噌汁を作るという情のあるところを見せたかと思うと、薄情にもなる。白石を含め、双子も含め、俺の周りの女は何を考えているかわかりゃしない。

「何が欲しいんだ?」

これ以上双子の前で、情けないおじさんを見せてしまうのは俺の威厳が保たれない。話題を双子に向け、姉からの攻撃をかわした。

「洋服~」
「バッグ~」
「靴~」
「ネックレス~」

最後は姉貴だ。

「そんなに買えるわけないだろ! どれか一つ!」

打ち出の小槌じゃあるまいし、お金が振って出てくるわけないだろうが。

「アメリカに」
「5年も行っていて」
「一度も」
「私たちを呼ばず」
「お土産は」
「クッキー缶一つ!!」

どっかに台本でもあるのか? 双子と姉貴でそれぞれが言っているのに、文章になってるって凄すぎる。やっぱりこれも血のなせる技なのか?
俺も白石と血が繋がっていたら、意思疎通、以心伝心でうまくいったに違いない。
アホか。血が繋がっていたら恋人になれないだろう。まともな考えまでできなくなっているなんて、失恋というのは恐ろしい。

「分かったよ」

白石にはペットボトルの紅茶とコンビニのホットスナックしか買ってやってないのに、なんだよ。
白石はブドウが好きだ。俺はそれしか知らない。誕生日も、LINEも、血液型も出身地も何もかもだ。双子のことや姉貴のことは知っているのに、ブドウが好きだという以外に何も知らない。知っているのは、発作が起きるスイッチをいつも俺が入れてしまっていたということで、いじめの辛い過去を話させてしまったということだ。大切で守ってやりたい女なのに、辛さをあじあわせるなんて。

「あ~……」
「落ち込んでも買い物は行くわよ」
「分かったよ」

落ち込んでも優しくしてくれない家族だけど、今の俺はそれに救われた。だけどこういう家庭を白石と持ちたいと思ってしまったのは、想いが断ち切れていないからだ。想いは俺の中に深く根付いて、なかなか離れてくれないらしい。
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