唇から始まる、恋の予感
双子ご希望のアウトレットに到着するまで、ずっと韓国アイドルの歌を聞かされた俺は、気がおかしくなりそうだった。これを毎日聞かされている尚さんは、本当に辛抱強いけど、気の毒に思ってしまう。

「頭がおかしくなりそうだ」
「あんただって子供ができたらこうなるのよ」

姉の言葉に何も言えなかった。確かに俺にも子供ができたら、こういう目に遭うだろう。それが白石との間に子供ができたら、こんな風に頭の痛いことも、ほほえましく思えることだろう。

(その考えをやめろ)

考えてしまうのは仕方がないにしろ、結婚して子供の想像までしてしまうと、妄想が過ぎる。

「すっかり様変わりしたな」

俺が日本にいなかった間に、実家の周辺も、すっかり様変わりしていた。アウトレットは、グルメ、ショッピング、アウトドアも楽しめる総合的なレジャー施設になっていて、周りは目まぐるしく変わっていくのに、白石の時間はきっと止まったままなのだろう。
過去に捉われていないで、俺と前を向いて歩いて行こうと言いたかったが、あれだけの傷をおった彼女に軽率に言えるわけがない。
そんなことを思うのも、俺にいじめられた経験がないからだ。もちろん「これはいじめ」だと思うことだってあったけど、それは子供の遊びの延長で、姉貴にいじめられたと言うのだって、後を付いて行って巻かれたとか、菓子を無理やり取られたとか、そんな取るに足らないことだ。

「いいところだな。カップルが多くてデートには最適だ」

未練がましい俺は、白石と一緒に来ているとまた妄想してしまい、更に寂しくなった。
白石に買ってやりたい、食べさせてやりたいと思う物が沢山あったが、その全て姉貴と双子に吸い取られ、俺は骨と皮になった。

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