唇から始まる、恋の予感
「まったく、子供にも分かるくらいでどうするのよ。それでよく部長職になれたわね。顔に出すぎて、仕事の駆け引きなんて出来ないんじゃないの? 情けない」
「仕事は出来てるぞ」

お茶を入れながら、あきれ顔の姉貴が言った。

「待つのよ、きっと訳があるから」
「そんなことなんで分かるんだよ」
「相手の人の年は分からないけど、俊介の年を考えたら、あんたが相当な年下好きじゃない限り、相手もそれなりの年齢なはず。フラれたなら、きっと訳があるはずよ。親のことかもしれないし、何か訳が」
「……ただ単に、俺のことが好きじゃないってこともあるだろう?」
「告白してすぐに断られたの?」
「それは違うけど」
「それなら訳アリよ」

訳ならあると思う。だけど、その訳は俺が止めたいが、止められない訳なんだよな。

「……尚と私はね、付き合いが長かったけど、一度別れたのよ」
「え? そうだったのか?」
「私には親が一人と、実家を出て東京暮らしの弟がいる。弟は長男だけど、仕事柄もうこっちには戻らないと思う。じゃあ、残された私は長女で、実家暮らし。結婚したら同居は免れないわけ。別に嫌だったわけじゃないし、尚も一緒に暮らせばいいと言ってくれたわ。だけど、ここは田舎でしょ? 尚も長男でご両親がいるのに、嫁の実家で暮らせるわけがないじゃない。だから私から別れを切り出したの。私は言い出したら聞かない性格だと尚は知っていたから、暫くは私のいう通りにした方がいいと判断したの。半年、一年が経った頃、私は尚が恋しくてたまらなかった。そうしたら、尚が私と尚の実家の近くに家を買ったと言いに来て、プロポーズをしてくれたのよ」
「……」

男勝りの姉貴の恋バナを、聞くことになるとは予想外だった。

「付き合うのは簡単に出来るけど、あんたの年になると、お相手は結婚を考えるはずよ。そこが男と女の違う所なの、分かる? 自分一人の想いで結婚は出来ないの。今は、結婚を前提に話をしたけど、彼女もきっと深い事情があるのよ。だから好きでいるうちは待ってあげなさいよ。ほらマスカット、美味しいから食べなさい」
「うん」

白石が初めて自分のことを話してくれたのは、ブドウが好きだということだった。それを話した時の白石がとても可愛かったし、何も知らなかった彼女のことを一つでも知れた嬉しさがあった。自分のことを話さな白石がどれだけ勇気を出して、俺に伝えたのか、それを思うと愛おしくなる。
ブドウを土産に渡したらもっと嬉しい顔を見られたかもしれない。もっと早く食べさせてあげれば良かった。
しかし姉貴は、すごく慰めてくれているけど半面、俺に長男としての役目を果せと言っている。さすが姉貴だ、抜け目がない。

「姉貴はすごく深読みするよな」
「あんたより経験も年も重ねているからね」

といいながら、梅をポリポリ食べ、お茶をすすった。

「マスカット美味いな」
「朝採りだもん」

そうか、朝採りなのか。このマスカットを食べさせて、白石の喜ぶ顔がみたいな、なんて、本当に未練がましい。白石が告白をするにはどれだけの勇気が必要だったのかと思うと、胸が痛い。話を聞いている最中も、白石を襲った出来事がショック過ぎて、何も考えられなかった。

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