唇から始まる、恋の予感
「今日は雨になっちゃったか。残念ね」

窓ガラスに打ち付ける雨は激しく、傘をさしてもびしょ濡れになるだろうし、散歩は無理のようだ。仕方がなく、スマホで通販サイトをのぞく。

「可愛い洋服」

ボリュームのあるフレアスカートがとてもかわいい。制服以外でスカートをはいたことがない私は、綺麗になったら買って着てみたいという欲求も出てきた。洋服やバッグ、靴、アクセサリーと女性として綺麗に着飾るものに見向きもせずに、ひたすら貯金をしてきた。きっとかわいいはず。今の顔じゃせいぜいジャージがお似合い。かわいくなったら、レースの付いたブラウスや、スカートを履いてショッピングをしたい。

「メモをしておこう」

最近始めた「やりたいことリスト」。
ただの紙切れに書いているだけだけど、整形して外に出られるようになったら、やってみたいことを書き留めている。
望んではいけないと思っていたけど、前向きになるとそれは、溢れるように沢山でてきた。

「白石」

警戒心を取っていた最近。突然の声かけにかなり驚いた。部長の声だった。
私はゆっくりと立ち上がり、声のする方に振り向いた。

「……部長」
「今日はあいにく雨になっちゃったな」

しんみりと遠くを見るように雨模様の外を見た。

「……はい」

以前のように迷惑な感情はなくて、私は嬉しいという感情で部長と話をしている。
自分から切ってしまった部長の想いなのに、非情にも程がある。

「実家から送って来たんだ。俺一人じゃ食べきれないから食べて。ブドウが好きだと言っていたからお裾分けだ」

はいと言って、私に渡してくれたのは、グリーンが鮮やかなシャインマスカットだった。

「すぐに持ってこれなくて、少し新鮮味がかけてしまったけど、味はいいと思うぞ。じゃあな」

何も聞かず、何もせず、部長は私に袋を渡すとすぐに背を向けて歩いていく。

「あの!」
「なんだ?」

私は慌てて呼び止めた。

「……ありがとうございます」
「いいよ、礼なんて」

あんなことをしてしまった私に、優しくしないで。
私のことなんか忘れて、無視をしてくれればいいのに、どうしてそうしてくれないのだろう。
袋から一粒のブドウをもいで口に入れると、甘くて、甘くて、とても美味しい。ブドウの味から部長の思いやりも一緒に受け取ったようで、渇れたと思っていた涙が流れた。
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