「みんなで幸せになると良いよ。」
料理はまだ出来なかった私はそれ以外を覚えたわ。

「嫁入り修行ね。」ってママが笑うと私は『おかあさん』と言い直して笑った。
それを聞いてた小さい彼は照れてしまってそっぽ向いていた。

こんな小さくてもぎゅっと詰まった家族に
多分、ずっと憧れてた。

食事中のどうでもいいような会話が楽しくて、いつも二人が帰ってくるのを楽しみにして待ってた。

小さい彼は相変わらず優しくて私が行ったことのないところによく連れていってくれた。

小汚い映画館、寂れた市場、雑誌に載ってるデートスポット、穴場って書いた途端に定番になってしまってるから結局は若いカップルのなかに私たちも紛れ込んでた。

小さい彼はバンドを組んでたからライブハウスに観に行ったこともあるわ。名前なんて聞いたことないのに、フロア中ぎゅうぎゅうになるくらいの人と歓声に彼が輝いて見えた。

優しい彼は「ステージも私生活」って感じで淡々とこなしてるように見えた。だけど、家で見る彼より自然体に見えたわ。ギターが凄く上手で音色にみんなが聞き惚れてた。演奏中はギターの音以外は全く何の音も聞こえないのに、一曲終わるたびに凄い拍手の音がするの。

花の名前がつけられた歌のなかで「咲いてしまったことを涙しても 振り出す雨がすべて洗い流してくれるでしょう」っていう歌詞が大好きだった。
「キレイじゃなくても美しくなくても」って何度も繰り返す彼の声は繊細で、何よりも純粋なんだと思った。

公園で話しながら弾いてくれた曲も、ライブハウスで聞いた曲も、バンドの曲もすべてが私の心には心地良かったわ。気づくとギターだけもって小さい彼は消えるの。いつも終電で帰ってきてたわ。

毎日毎日、満たされていた。
ずっと続くのが当然とさえ思えてて、願うことなんてなかったわ。

幸せって結構呆気ないんだなって、思わされることになったのはその数日後。
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