神様、俺は妻が心配でならんのです
 自分に言い聞かせるようにそう続けた言葉は、囁きになった。

「突然、どうされたんです?」

 妻が台所からやってきた。エプロンを着て微笑む顔は、彼が記憶しているどの頃の妻よりも美しく、眩しかった。

 仲村渠は、長らく妻の顔を眺めていた。

(ああ、きっと確認してくれているんだな。だから――大丈夫だと、伝えないと)

 大丈夫であると、彼女に知らしめなければいけない。

 仲村渠は、久し振りに彼女の名前を呼んだ。

「――」

 向き合い、少し下にある妻の顔に微笑みかける。すると妻の方も、随分聞いていなかった彼の名前を口にした。

「もう、大丈夫なんですか?」

 そう言って、妻が微笑む。

 その顔がなんだか霞んで見えた。仲村渠は目を凝らしたが、どんなに集中しても彼女の姿はぼやけてしまう。

 彼女が着ていたはずの服や、エプロンの色や、まとめられた髪の感じが思い出せなくなった。外見はどれほどの年代だったか? その顔に、小さな黒子はついていただろうか? 指の結婚指輪は、どうだっただろう?
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