神様、俺は妻が心配でならんのです
 七年前、先に逝った妻を見送った男の心の底からの笑顔が、眩しかった。

 後悔なく接してきたから、もう思い残す事はないのだと、あの時に語っていた城間の当時の言葉が今になって胸に沁みる。

「おぉーい。そこのお二人さんっ」

 その時、既視感を覚える呼び声が、遠く頭上で聞こえた。

 つられて、仲村渠と城間は、揃って顔を上げた。

 そこにあったのは病棟のベランダだった。二人の頭一個分も小さい華奢な男がいて、目が合うとさらに「おおーい、おおーい」と子供のように手を振って合図してくる。

「おや、誰だろう?」

 城間がとぼけたように首を傾げ、横目に仲村渠を見た。

「ふうむ。外の世界で生きていけなさそうな、あの緩みまくった面……はて、酒を飲んだ時の誰かさんにそっくりだな」
「俺の末の息子だ。あいつは俺ではなく、彼女に似ているんだ」

 仲村渠は、茶化してくる友人の腹に軽く拳をれるふりをした。

 そうしている間に、ベランダにもう一つ、影が増えた。

 癖の入った白髪交じりの長い髪が風に煽られ、それを片方の手で押さえて、こちらを見降ろす女性の姿がある。

 ハタと視線が交わった瞬間、仲村渠の口許が緩んだ。

 胸に溢れてくる暖かい気持ちに、自分が泣きたいのか、笑いたいのか、分からないまま仲村渠は込み上げるままの、笑顔を顔に浮かべて手を振った。

 別れて長い歳月を置いた妻も、仲村渠に向かって上品に手を振ってきた。

 彼女はそれから、仲村渠の友人へも続いて微笑みかけると、あの頃と変わらぬ控えめな会釈を返した。

「ふふ、こちらへいらして」
「ああ、今、行くよ」

 仲村渠は妻にそう答えると、茶化し言葉を言い始めた城間の腕を掴み、病院の中へとずんずん進んでいった。


                      了
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