神様、俺は妻が心配でならんのです
 用意が整えられているリビングの光景は、数十秒もの間、悪夢に疲れ切っていた仲村渠の思考力を奪った。

 やらなければいけないこと、それ以上の考えなければならないこともある。

 けれど長閑で柔らかな風が彼の白髪交じりの髪の間を、撫でてゆくのを、彼自身しばしぼんやりと感じていた。

(梅雨の間は、風が荒れるのは仕方のないことだな――)

 たびたび、唐突に強く吹くなまぬるい風に、そう思う。

 少し蒸し暑いが、風通しは悪くないだろう。

 仲村渠はようやく移動し、まずは食卓につき、珈琲の香りを堪能した。それからコーヒーカップに少し口をつけたのだが、立ち上る湯気の熱さにほんの少し顔を顰めて、や棘しそうだなと思いながらも再び考え込む。

(――やはり、淹れたてなのだな)

 そう、心の中で悩み事をひっそりと呟き、新聞紙を広げた。

 数あるコーヒーメーカーも、妻の手にかかれば魔法のようにいつもでも素晴らしい珈琲を仕上げてくれる。

 この珈琲があるということは、もちろん彼の妻は〝ソコ〟に、あたり前のようにして立っているのだろう。
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