神様、俺は妻が心配でならんのです
 そんなことを推測しながら視線を移動してみると、見通しのいいシステムキッチンに今日も妻が立っていた。最近購入した真新しい桃色のエプロンをつけて、彼女は包丁をトントントン、と鳴らし、朝食の支度を進めている。

 時刻は、きっちり七時。

(……こうして見ていると、今にも『お弁当は必要ですか?』なんて声が、こちらを振り返って聞こえてくるようだ)

 仲村渠は定年退職前の、そんな光景を重ねて、密かに目を細める。

 嗚呼、と、嗚咽みたいな感想が胸の奥に落ちていく。

 朝食の支度を進めている妻は、五十代にしてはすこぶる調子のよさそうな肌、ピンと伸びた背中――ややふっくらとしているが、見ている限りはいたって健康的だ。

 仲村渠は、深い皺が刻まれた自身の浅黒い顔と見比べると、一見して夫婦には見られないかもしれない、というような可能性をまたしても考えてしまう。

「あなた、テレビのボリュームを少し上げてくださらない? あまり聞こえないの」

 妻が、キッチンの奥から声をかけてきた。
< 16 / 120 >

この作品をシェア

pagetop