神様、俺は妻が心配でならんのです
 二人の今の静かな暮らしは、幸福すぎる夢であって、現実に続いてはいけない。

 そう彼には分かっていた。長引かせてはいけないのだ。自分だけは、決して揺らいでしまってはいけないのだという想いを胸に、仲村渠は男を見つめ返した。

 もし、本当に神様がいるとしたらいよいよそうに違いない。

 世界には、きちんとした理があって、本物の現実を二人は生きなければならないはずだから。

「私を、助けてくれる人間を探しているのです」

 仲村渠は、はっきりとそう伝えた。

「不思議な世界を見聞きする力を持った人間の助けが、私達には、どうしても必要なのです」

 一瞬の空白があった。

 男が珈琲を飲み干して、袖の中に両手を仕舞い込む。

(そういえば、あれからどのくらいの時が経った?)

 ふと、仲村渠は不意に時間経過についてハタと思わされた。自分のことに没頭するあまり、周りの音まで耳に入ってこないでいたらしい。

 座り慣れない焦げ茶色の木材でできた椅子と、カウンター。キッチンから聞こえてくる物音と、料理の匂い。隣の席にぽつんと置かれた妻の鞄の存在と、室内にかかった冷房で冷える素肌。窓から伝わってくる、熱気と眩しい日差し。

 引いていた波が、押し寄せてくるようにして現実感が急速に戻ってきた。
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