神様、俺は妻が心配でならんのです
 受話器を耳に押し当てて数秒、緊張しながら呼び出し音を聞く。

 すると、唐突に呼び出し音が切れて、受話器の向こうから『もしもし』と尋ねる声が上がった。

 やけに鈍った陽気な声には、聞き覚えがあった。

「あっ」

 記憶を手繰り寄せて、仲村渠の口から声が出た。

 古宇利島で出会った、あの意味深な言葉を残して去っていった狐面の男の声だ。そう思いいたって、仲村渠は拍子抜けしてしまった。

「なんだ、君か」

 固定電話にかけたというのに、なぜ彼が出るのだろう。

 そんなことを思いつつ仲村渠が言うと、化かし上手な動物が人間を小馬鹿にして楽しむように、けらけらと笑う声が返ってきた。

『驚くのではないかと思ったのに、拍子抜けされてしまいましたね。いやぁ、残念、残念。そうそう、今この家の主は、今ちょっと手が離せないので、私が留守を任されているのですよ。ほら、ピンポンダッシュされるたびに玄関まで確認したり、お客様に飲み物をもっていったり、花壇に水をかけたり、野良猫とたわむれたりする、あれです』
「……後半はよくわからないが、つまり暇を持て余しているから君が雑用を任されている、ということだろうか」
『そうそう、そんな感じです。僕は旅行者ですし?』

 男は、楽しげに語った。
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