神様、俺は妻が心配でならんのです
「あなた」
「なっ、なんだ」

 食後の珈琲を淹れ直した妻が、ふんわりと微笑みかけてきた。

「長い間、お仕事お疲れさまでした」
「え……」
「最後の出勤日も、あっという間でございましたね」

 手を握られて、仲村渠は呼吸がゆっくりと止まった。そこに彼は、彼女と過ごしたのだったら――という、もう一つの人生の光景を見た気がした。

『お帰りなさい。お疲れさまでございました』

 最後の時に、そう、妻に言ってもらいたかった。

 自分の誕生日だって興味がなかったのに、仲村渠は、もう終わってしまった人生の節目の一つについて、胸がぎゅっと寂しさに締めつけられた。

(そばにいて欲しいのは、お前、だけだったんだ)

 仲村渠の目から、ぼろぼろと涙がこぼれていった。

 妻が「あらあら、まぁまぁっ」と驚いたように言い、ティッシュを何枚も取って、仲村渠の目元にあてた。

「どうされたのです? 長いこと努めていらしたものね、寂しくなる気持ちはわかりますよ」
「ち、違うんだ……すまなかった……本当に、すまない」
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