君が死ねばハッピーエンド
「座ってて。飲み物持ってくるね。それか私の部屋のほうがいい?」

「ううん。リビングでいいよ」

ソファに座った朔は少し落ち着かなさそうに何度も座り直した。
キョロキョロとリビングを見渡している。

「どうしたの?来るの初めてじゃないのに」

「そうだけど、やっぱ緊張するよ。おじさん達が居なくてもなんかね」

「大丈夫。見張られてないから安心して」

笑いながら、朔の前にホットコーヒーを置いた。

ありがとうって言って、ホットコーヒーを一口飲んだ朔は、おいしいって目を細めた。

どこにでも売っている市販のコーヒーにお湯を注いだだけなのに、朔がそう言うと特別な物のように感じる。

私も一口コーヒーを啜る。
飲み慣れた、いつもの味だ。

「それで、どうしたの?何があった?」

カップをテーブルに置いた朔は、真剣な眼差しで私を見た。

私もカップを置いて、代わりにスマホを握った。

「これ…」

朔に見えるようにテーブルに置いたスマホ。
スクリーンにはSNSの、不特定多数の人達の投稿が並んでいる。

でもきっと、この投稿をしている人達は、少なくともあの駅を使っている人達で、もしかしたらカフェの常連さんだって居るかもしれない。

「これって…シイナのこと?」

コクンって頷いた私を見て、朔は溜め息をついた。

「なんでこれがシイナのことだって?」

「ここの投稿には無いけど…写真がバラ撒かれてたの。私と…私と朔の写真がほとんどだった」

「隠し撮りってこと?」

「たぶん…」

「それでしばらく休むことになったんだね?」

「お店のガラスの修繕もあるし、店長はいろんな所に連絡したりもしなきゃだし。私は安全の為にもしばらく休んだほうがいいって」

「そっか。怖かったね」

朔がスマホのスクリーンを消した。
真っ黒になったスマホには、ただ天井がボヤッと反射しているだけだった。

「誰がこんなこと…」

「あのね…私…」

「うん?」

「正直に言うとね、防犯カメラに映る犯人の姿を見た時、朔じゃなくて良かったってホッとしたの」

「映ってたんだ?」

「うん。映像だから断定はできないけど、朔よりも小さくて、ショートカットの髪もたぶん違う感じだった。朔のシルエットなら変装してても映像でもきっと分かるよ。朔じゃなくて良かったって思ったの…」

「信じてくれたんだね」

「あんなこと…盗聴のことがあったから…ごめんね。もしかしてって思っちゃったの。でも朔じゃなかった。一瞬でも疑ってしまってごめんなさい」

朔がソファから立ち上がって、向かい側のソファ、私の隣に座った。

「シイナは悪くないよ。俺が言うなって感じだけどさ、あんなことを俺はしたんだ。疑われて当然だし、それでもシイナが信じてくれたことのほうが嬉しい」

「朔…ごめんね」

「謝んないで。でもね、これだけは覚えてて。俺はもうシイナを怖がらせたり不安にさせるようなことはしないって誓ったんだ。ましてやこんな風に危険な目に遭わせるようなこと、絶対にしない。誰かのことを信じられなくなって怖くなっても、俺だけはずっとシイナの味方だってこと覚えてて欲しい」

「ありがとう。信じるね」

朔が優しい目をして、やわらかく私の頭を撫でる。

こうやってやわらかい空気に包まれて安心していても、何も解決はしない。

犯人は今も私を陥れる方法を考えて、次の行動に移っているかもしれない。

棺の犯人も、ちーちゃんの絵の犯人も見つかっていない。
きっと同一犯で、たぶん犯人は学校内の人間だと思う。

冬休みに入るまでまだ二十日以上もあって、毎日登校して、犯人かもしれない人と気づかずに接していくんだ。

何もかもが疑心暗鬼。

犯人が捕まらない限り、私は疑心暗鬼の中で過ごさなきゃいけないのに。

今こうして朔とやわらかい時間を過ごしていると、全部が大丈夫なんじゃないかなって思えてくる。

安易で愚かで優しい世界。
朔だけが私の味方。

そう思うだけで救われるなら、
全部が無かったことになって、平凡で平和な日常が取り戻せるのなら、いつまでもこうして朔と寄り添っていけるのに。

明日は何が起こるんだろう。
その次は?誰が泣いてしまうんだろう。

頭の中ではずっとずっと不安ばかりが廻っていた。
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