君が死ねばハッピーエンド
そう言えば今年の夏休みも海に行かなかった。

去年買った水着はまだショップの紙袋に入ったまま、クローゼットの奥に眠っている。

海とヤシの木が描かれた袋だったと思う。
いかにも水着関連ショップだと一瞬で分かるような。

一回も着ることは無いまま、
その水着が水色のお花柄だってことを朔は知らないまま、水着を買った夏があったことすら忘れてしまうのかもしれない。

「おはようございまーす!」

「シイナちゃん、お疲れ様!」

社会って不思議だなって思う。
働く場所では何時に出勤しても「おはようございます」って言う。

「始まりの挨拶」という意味なのか、今では普通になっているけれど、初めてバイトをした頃は驚いた。

「シイナちゃんは今日ホールね」

「はーい!着替えてきます」

バイトは駅前のカフェ。

内装やメニューに特別変わったところがあるわけじゃないけれど、
駅前、店内が広い、清潔感があっていつも賑わっている。

何より一緒に働いているスタッフの仲が良くて、ここ以外でバイトをするなんて考えられない。

性別も年齢も関係なく、みんなが平等に尊重されているのが分かる、すごく雰囲気のいい場所だった。

大人になったらしんどいことのほうがグッと多くなるって本当なのかな。

どんなに苦しくても働かなきゃいけないって本当なのかな。

私がまだ高校生で、学校との両立で少しの時間しか働いていないから、まだ何も分かっていないのかもしれないけれど、少なくとも今の私は恵まれていると思う。

客席フロアの奥に事務所があって、その一角にロッカーが並んでいる。

ロッカーには一人一人のネームプレートが貼ってある。

自分のロッカーを開けて制服を取り出す。
アパレルショップの試着室くらいの更衣室が二個しかないから、出勤時間が複数人被ったら取り合いだった。

今日のこの時間は私しか居ない。
ゆっくり着替えができて嬉しかった。

鍵を見失わないように、足元の小棚に置いた。
< 12 / 156 >

この作品をシェア

pagetop