君が死ねばハッピーエンド
退院の日。
日曜日だった。

迎えに来てくれたパパとママと一緒に荷物をまとめて、ロビーで看護師さん達に挨拶をして病院を出た。
渚先輩は少し前に行ってしまったみたいだった。

「シイナ、だいぶ遅くなっちゃったけど帰ったらお正月の料理食べような。この日に合わせてママが準備してくれてたんだ」

「ほんと?大変だったでしょ。楽しみだなぁ」

「ママも楽しみで張り切っちゃった。でも久しぶりの自宅だから無理しないでしんどくなったらゆっくり休みなさいね」

「ちゃんとお年玉も用意してるからな」

パパが得意げにニヤニヤしている。
ママが「何万円かしらね」なんて言って、パパを茶化す。

やっと帰れるんだ。パパとママのところに。

「あ、ちょっと待って」

「シイナ?どうしたの、忘れ物?」

「うん…ちょっと、その…テレビ観る時に使ってたイヤホン、挿しっぱなしかも」

「それじゃあパパが見てくるよ」

「ううん、大丈夫!すぐ戻るから車で待ってて」

「気をつけてね」

嘘をついた。
本当は朔の病室に行く為だった。

朔は退院までにもう少しかかるらしい。
入院中、私と朔が顔を合わせることは止められていた。

でもいつ退院するか分からない朔に会っておきたかった。
私だけが退院して、このまま普通に生活することなんてできない。

朔の病室の前までなら何度も行っていたから、探さなくてもすぐに行けた。
トン、トンと、ゆっくりとノックをする。

「はい」

懐かしい朔の声。
目頭が熱くなる。

「朔」

「…シイナ?」

「うん」

「入って。今は誰も居ないから大丈夫」

ドアを開ける。
ずっとずっと会いたかった朔の顔。

やっと、朔が生きてるってことを実感できた。

「本当にごめんなさい。私…朔を殺しててもおかしくなかったんだよね。私が…」

「シイナ。俺も父さんも、母さん…千種の母親もシイナのせいなんて誰も思ってない」

「でも…」

「俺の意思で千種の前に飛び出したんだ。千種を守ろうとしたんじゃないんだ。シイナに取り返しのつかないことをさせたくなかった」

「取り返しなんかつかないよ…私は朔を刺したんだよ」

「でもちゃんと生きてる。もう大丈夫だから」

「ねぇ、朔。なんであの日、来てくれたの?」

ベッドの横のサイドテーブルに、くし切りにされたりんごが置かれている。
さっきまでお見舞いの人が居たのかな。包丁は見当たらない。
こんなことがあった後だ。事件を連想させる物はすぐに片付けられたんだろう。
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