ミル*キス
そして閉店後。

スミレさんとオレはいつものように後片付けをしていた。


最後の食器を棚にしまうと同時にスミレさんから声をかけられた。


「お疲れ様」


茶色い封筒を手にしている。


「手渡しでごめんね。これ、バイト代」

「あ……。ありがとうございます」


ペコリと頭を下げて受け取った。

そしてエプロンを外す。


もうこれで本当に最後だ。

このエプロンを返してしまえば、終わってしまう。


結局最後までスミレさんとの距離を縮めることはできなかった。


あの日のキスだって。

彼女にしてみれば、虫に刺された程度のことだったのかもしれない。

相変わらず壁を作って、必要以上にオレを寄せ付けようとはしてくれない。


なんていうか、隙がないっていうか。


オレは彼女の前では饒舌になれない。

調子の良い言葉を並べてもすぐに見透かされそうで。


それが怖くて、結局何もできないでいた。
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