ミル*キス
「ねぇ、わざとなの?」


手の中にあるものをプラプラと振りながらスミレさんが言う。

ビル・エヴァンスのCD。


そう。

オレはわざとCDを車の中に残した。


彼女の善意に賭けてみたんだ。

ひょっとしたら、届けるために戻ってきてくれるんじゃないかって。


「わざとちゃいますよ」


オレは何食わぬ顔して、彼女の手からCDを抜き取った。


「ウソ。確信犯だ」

「だから。ちゃいますって」


なんだか楽しい。

スミレさんがオレの家にいることが。


キッチンに入ると、
食器棚から、コーヒーサーバーやカップを取り出す。

サーバーにドリッパーとフィルターをセットし、お湯でカップを温める。


そしていつもバイトでやっているように、丁寧にドリップする。


いや、客に出すよりも丁寧だったかもしれない。

スミレさんのために淹れるのだから。

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