ミル*キス


「あ……そうや。これ聴きます?」


オレは立ち上がって、ビル・エヴァンスのCDをコンポにセットした。

二人っきりのリビングに、ピアノの音が流れ始めた。


やっぱりラファロで聴くのとはちょっと違ってた。

レコードよりもほんの少し音がクリアなイメージ。


それでもビル・エヴァンスのピアノの音色はこの空間を柔らかなものにしてくれる。


オレはスミレさんの横に腰掛けた。

人ひとり座れるぐらいのスペースを空けて。


ピアノと雨の音が交じり合う。


そんな中、オレ達は時々ポツリポツリと他愛ない話をした。



3曲目が終わる頃、コーヒーを飲み干したスミレさんはカップをソーサーに置いた。


もう帰ってしまうのかと思ったけど、彼女は動こうとしない。


「スミレさん……」


こんな時、焦りは禁物。


まだ動くべきじゃないのかもしれない。

頭ではわかっているけど。

距離を縮めたい。


ただそう思って、オレは口を開いた。



「スミレさんて……
ケンジのことは“ケンジ君”て呼ぶのに、オレのことは“アナタ”って言いますよね?」



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