俺様御曹司からは逃げられません!
「ほら、行くぞ」
「へっ?」

 グイッと強引に楓の手を引き、彼はそのまま歩き出してしまう。つられるように楓も足をもつれさせながら、後に続く。
 
 彼は楓が見上げるほど背が高く、脚もモデルのように長い。必然的に歩幅も大きいため、楓は小走り気味についていくものの頭の中は激しく困惑していた。

「あの!行くって、どこへ?」
「飯に決まってるだろ。他に何がある」
「えぇっ?なんでそうなるんですか?!」

 意味が分かりません!と叫んだが、華麗に無視された。
 そうこうしているうちにタクシーへ押し込められ、強制連行されてしまう。
 
 急転する事態に理解が追いつかない。
 彼が運転手に行先を告げている間、楓はしきりに瞬きを繰り返しながらちょこんと縮こまって座っていた。

「心配しなくても別に取って食うわけじゃないから安心しろ」
「さいですか……」

 そんな心配は露ともしていなかったのだが、楓は力なく頷いた。
 そもそも外見の偏差値が違いすぎて相手にされるとも思っていない。

「そういえば。おまえ、名前は?」
「……宮下楓です。あの、あなたは……?」
「絢人だ」

(あやと……?)

 名前だろうか。それとも苗字?
 こちらがフルネームを名乗ったのだから、彼もフルネームを教えてくれればいいのに。そう抗議したくなったが、彼はすんなりと教えてくれなさそうな気もして。
 他に呼びようもなく、楓は仕方なく彼を「絢人さん」と呼ぶことに決めたのだった。
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