俺様御曹司からは逃げられません!
「楓は保育士なのか」
「そうなんです。今は三歳さんクラスの担任をしてるんですけど、とっても可愛いんですよ〜」
「へぇ。俺も甥っ子が三歳だな。わがまま放題だけど、まあ、見た目は可愛い」
「そのくらいだと言葉が上手になってくるんで、主張が激しくなりますよね。でも、どの子も根はすっごく素直なんです。そのギャップが可愛いというか」
「まあ確かにな。ただあいつはやんちゃがすぎる。一日相手にすると、もうこっちがヘトヘトだ」
「あはは。子どもは元気ですよねぇ。私も毎日泥のように寝てます」

 予想に反して、楓は絢人とそれなりに打ち解けていた。
 もっと窮屈で殺伐とした時間が流れるかと思っていたが、そんなことはなかった。
 
 絢人は巧みに楓の話を引き出し、適切な相槌を打っては会話を盛り上げる、存外聞き上手な人間だった。
 傲岸不遜な態度が似合いそうなだけに、全くもって意外である。

 ひょっとすると楓が彼の素性に辿り着かないように、会話を意図的に誘導されているのかもしれないが。

(きっと、色々知られたくないんだろうなぁ)
 
 楓のあずかり知らぬところだが、きっとセレブにはセレブなりの事情が色々とあるに違いない。再会した時に思いっきり警戒されたのも、フルネームを明かさないのもそのためだろう。
 
 彼の正体を知ったら、楓がここぞとばかりに金品をせびってくるとでも思われていたりするんだろうか。
 信用に値しない人間だと見なされているようで、胸にチクリと針で刺されたような痛みが走る。

(信用って……まだ二回しか会ってないんだから当たり前じゃない)

 自分は一体何を期待しているんだろうと、思わず嘲笑が込み上げる。
 夢見がちな思考をポイッと頭の外に捨て、楓は目の前の蟹しんじょを口に運んだ。蟹の旨味と共に柚子の香りがほのかにして美味しい。
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