俺様御曹司からは逃げられません!
「美味しいですね、ここのお店」
絢人に案内されたのは、閑静な住宅街の中に佇む、こじんまりとした小料理屋だった。
今でこそリラックスして食事を楽しんでいるが、着いた当初はこの落ち着いたら店構えに気後れしていた。
ホテルの最上階の超高級フレンチや、銀座のど真ん中にある回らないお寿司屋さんほど敷居は高くないものの、それでも楓が普段訪れるお店とは雰囲気がまるで違うのだ。
暖簾をくぐると和服の女将に出迎えられ、いよいよ楓の背筋に薄寒いものが流れた。
あまつさえ女将が仰々しく絢人に挨拶をし、当然のように彼の一族専用だという奥の個室へ案内しようとするものだから、内心でのたうち回っていた。
場違い感が半端ないのに加えて、ほんの十分前に名前を知った男性と二人きりになるなんて、緊張でどうにかなってしまう。
戦々恐々とする楓だったが、絢人は女将の提案を断り、空いているカウンター席に腰掛けてくれた。
そして手渡されたメニューにはちゃんと値段が書かれており、しかもそこまで高くないことを知って、楓はようやく胸を撫で下ろしたのだった。
「ここは俺の爺さんの昔馴染みがやってる店で、家族でよく行くんだ。これが俺のお気に入り」
そう言って絢人は、楓も食べた蟹しんじょのお椀を掲げる。
「それ、私も一番美味しいと思いました!こう、飢えた胃に沁み渡る感じが……」
「ああ。なんだっけ?カイワレご飯?」
「豆苗です。まあ、似たようなものですけど」
投げやり気味に言えば、絢人は声を上げて笑った。白い歯が見える屈託のない笑みに、楓の心臓がキュンと跳ねる。
「うちの実家の犬の方がいいもん食べてるぞ」
「い、言っときますけど、別に私だっていつも豆苗ご飯な訳じゃないですよ?ひったくりのせいですからね?!そこに母の入院費の支払いも重なっちゃって……本当にたまたま貯金が底をつきただけですから!」
犬より格下扱いされたのが悔しくて楓は異議を唱えた。
セレブの、恐らく大豪邸で飼われている犬の方が、築三十年のワンルームに住む楓よりもいい暮らしをしていそうな気はしなくもないが、そこはヒト科ヒト属としての矜持を守りたい。
てっきり失笑を買ったかと思ったが、絢人は吠える楓の頭をポンポンと撫でてきた。思いがけないスキンシップに楓の顔が熱を帯びる。
「分かってるよ。大変だったな」
穏やかな口調で紡がれた労いの言葉に、楓の中で何かがストンと落ちた気がした。不意打ちで優しくされ、鼻の奥がツンとして喉が震える。
絢人に案内されたのは、閑静な住宅街の中に佇む、こじんまりとした小料理屋だった。
今でこそリラックスして食事を楽しんでいるが、着いた当初はこの落ち着いたら店構えに気後れしていた。
ホテルの最上階の超高級フレンチや、銀座のど真ん中にある回らないお寿司屋さんほど敷居は高くないものの、それでも楓が普段訪れるお店とは雰囲気がまるで違うのだ。
暖簾をくぐると和服の女将に出迎えられ、いよいよ楓の背筋に薄寒いものが流れた。
あまつさえ女将が仰々しく絢人に挨拶をし、当然のように彼の一族専用だという奥の個室へ案内しようとするものだから、内心でのたうち回っていた。
場違い感が半端ないのに加えて、ほんの十分前に名前を知った男性と二人きりになるなんて、緊張でどうにかなってしまう。
戦々恐々とする楓だったが、絢人は女将の提案を断り、空いているカウンター席に腰掛けてくれた。
そして手渡されたメニューにはちゃんと値段が書かれており、しかもそこまで高くないことを知って、楓はようやく胸を撫で下ろしたのだった。
「ここは俺の爺さんの昔馴染みがやってる店で、家族でよく行くんだ。これが俺のお気に入り」
そう言って絢人は、楓も食べた蟹しんじょのお椀を掲げる。
「それ、私も一番美味しいと思いました!こう、飢えた胃に沁み渡る感じが……」
「ああ。なんだっけ?カイワレご飯?」
「豆苗です。まあ、似たようなものですけど」
投げやり気味に言えば、絢人は声を上げて笑った。白い歯が見える屈託のない笑みに、楓の心臓がキュンと跳ねる。
「うちの実家の犬の方がいいもん食べてるぞ」
「い、言っときますけど、別に私だっていつも豆苗ご飯な訳じゃないですよ?ひったくりのせいですからね?!そこに母の入院費の支払いも重なっちゃって……本当にたまたま貯金が底をつきただけですから!」
犬より格下扱いされたのが悔しくて楓は異議を唱えた。
セレブの、恐らく大豪邸で飼われている犬の方が、築三十年のワンルームに住む楓よりもいい暮らしをしていそうな気はしなくもないが、そこはヒト科ヒト属としての矜持を守りたい。
てっきり失笑を買ったかと思ったが、絢人は吠える楓の頭をポンポンと撫でてきた。思いがけないスキンシップに楓の顔が熱を帯びる。
「分かってるよ。大変だったな」
穏やかな口調で紡がれた労いの言葉に、楓の中で何かがストンと落ちた気がした。不意打ちで優しくされ、鼻の奥がツンとして喉が震える。