俺様御曹司からは逃げられません!
 そう、大変だったのだ。
 三年前に父が亡くなり、今度は母まで突然倒れてしまって。
 不安で心が塞ぐ中、それでも仕事には行かなければいけなくて。
 しまいにはひったくりに襲われ、表には出さずとも楓の精神は限界の淵を綱渡りしているような状態だった。
 
 幸い母は目立った後遺症もなく退院でき、楓の最たる憂いは晴れたものの、寄る辺のない状態で気張っていた精神はすっかり摩耗していた。
 
 だからだろうか。
 絢人の言葉が、暗がりを照らす光のように楓の胸に沁み入ったのだ。
 感極まって楓は熱心に絢人を見つめたのだが……。

「でもそんな餓死寸前になる前に、給料を前借りするとかもっとやりようはあっただろ」

 どこか呆れたような声色で、絢人は眉を下げる。先程の優しい態度との落差に、楓の感動は一気に引っ込んだ。

(というか餓死って……)

 豆苗ご飯は食事としてカウントされないらしい。ちょっと酷い。潤んだ瞳はすっかり乾いてしまった。
 
 だが、この短時間で絢人の辛辣な物言いにも慣れてきていた。苦笑いを浮かべて楓は肩をすくめる。

「そうかもしれないですけど。私の問題で人様に迷惑をかけるのは忍びないっていうか。抵抗あるんですよね、誰かに頼るのって」

 幼い時分から、しっかりしているねと褒められて育ったからか、そもそも楓は誰かに助けを求めるということに苦手意識を抱いていた。問題は可能な限り己で解決しようとしてきたし、今までもそれで事足りていた。
 
 そういう性分を「可愛げがない」と言われたこともあるが、行動原理を今更変えることも難しく、もう仕方がないと割り切っている。
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