俺様御曹司からは逃げられません!
「ありがとうございました。ご飯もそうですし、送ってもいただいて」

 車は何事もなく楓の家に到着した。
 降りる間際に、楓はもう一度隣に座る絢人を見た。これで見納めとばかりに、均整の取れた美しい顔を目に焼き付ける。

 これで会うこともない――

 締め付けられるような胸の痛みを堪え、開かれたドアから降りようとした。

「楓」

 少し掠れた、男の色香を孕んだテノールが楓を呼び止める。
 二人の視線は交錯し、しばしお互いを見つめ合った。互いに腹の内を探り合うような、そんな緊張感が車内に流れる。
 
 楓の心臓が再び大きく脈を打った。期待めいたものが胸に充満したその時、ふっと絢人が息を漏らした。

「……じゃあな」

 何かを飲み込んだような沈黙の後、形の良い唇はそれだけを紡いだ。
 楓は言葉を発することなく頷き、車を降りる。
 走り去っていく車のテールランプが見えなくなるまで、楓はずっとその場に佇んでいた。
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