俺様御曹司からは逃げられません！
「楓は柊吾の保育園に勤めてたのか……」
「――あら？宮下先生、絢人とお知り合いなんですか？」

　二人の反応が初対面のそれでないことに気がついた柊吾の母が不思議そうに首を傾げる。
　楓は表情を引き攣らせながら、事情を説明することにした。

「旦那様には、以前ひったくりにあった際に助けていただいたんです。柊吾くんのお父様とは知らずに、失礼いたしました」
「おい、俺を勝手に既婚者にするな」
「え？」

　突然不機嫌な眼差しで睨め付けられ、楓は呆気に取られた。
　そこへクスクスと気品に溢れた笑い声が割って入ってくる。

「絢人は私の弟なんです。柊吾の叔父ですわ」
「お、弟……」

（ってことは独身ってこと……？）
　
　真相が判明した瞬間、楓は足元から崩れ落ちそうなほどの安堵に見舞われた。
　胸の内に染み付いていた分不相応な未練を自覚して、楓は苦笑する。

　彼は天上人で、楓とは何から何まで交わらない世界で生きているというのに。
　と、そこまで考えてハッと気がつく。

「……絢人さんって二見の方なんですか？」
「そりゃあ、この話の流れからしたらそうだろ」
「うそぉ……」

　セレブとは思っていたが、まさかこれほどまでとは。というか、あんなに気安く話しかけていい相手では決してなかったのだ。
　楓の顔面から血の気がサーっと失せていく。
　
　不敬を働いたとかで職場をクビになったりしないだろうか……。
　
　楓の職場は天下の二見グループがバックについているということもあって、ヒトも金も潤沢で待遇が良く、できれば辞めたくない。
　冷や汗が全身から噴き出したせいで体が冷たくなってくる。

「楓は買い物か？」

　嫌な想像をしていたところで絢人から不意に訊ねられたので、楓の肩は大袈裟なほど大きく跳ねた。

「えっ、あ、は、はい……。電子レンジを買いに……」
「へぇ」

　一人暮らしを始めたと同時に買った電子レンジが三年足らずで寿命を迎えてしまったため、今日は家電量販店に行こうと思っていた。
< 19 / 39 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop