俺様御曹司からは逃げられません!
「でも、どうして、こんなことを……?」
「男が女を着飾らせる理由なんて一つしかないと思うが」

 フッと笑った絢人は楓の顎をすくい、惑い揺れる楓の瞳を覗き込んだ。
 心臓が早鐘を打ち、二人きりの世界に鼓動の音が鳴り響いてしまいそうだった。
 楓は息をのみ、己を見据える漆黒の双眸を見つめ返す。

「――俺のモノになれよ、楓」
「……っ」
「俺は、楓が欲しい」

 尊大に言い放ち、絢人は形の整った唇に弧を描いた。
 
 彼に所有され、支配される――
 それはとても甘美で、それでいて危険で、けれどもどうしても抗いがたい誘惑だった。
 
 楓を抱きしめる腕は、恐らく振り解けば簡単に外れる。
 彼の手を取るか、否か。絢人は間違いなく、楓に決断を委ねていた。
 
 楓の頭の中に住まう理性は、この深みに嵌ってはいけないと冷静に警鐘を鳴らしている。
 彼は住む世界の違う人だ。
 それにこれは対等な恋人関係ではない。あくまで楓は絢人の所有物になるだけ。彼が飽きたらそれで終わる。
 
 しかし、楓の答えは既に決まっていた。
 震える手で彼の背にそっと腕を回す。身体中で流れている血液が沸き立ってしまいそうなほど、全身が熱を発していた。
 
 それでも楓が意を決して顔を上げると、絢人は目を細めてこちらを見下ろしていた。
 
「どういう意味か、本当に分かってるのか?」

 挑発的な彼の言葉にたじろぎそうになる。けれども、楓は真っ直ぐに視線を逸らすことなく彼を見つめ続けた。
 心の裡に秘めていた感情を全て曝け出すよう、一心に。

「私を絢人さんのモノにしてほしい……」

 刹那的な関係でいい。
 楓の心はもうすっかり絢人に囚われてしまっていた。
 熱に浮かされた声で乞うと、腰を強く引き寄せられる。
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