俺様御曹司からは逃げられません!
 そして、唇に温かい感触が押し当てられた。
 
 それがキスだと気づいた瞬間、楓の体の芯が激しく燃え上がった。楓はギュッと瞼を閉じ、絢人の情熱を受け止める。
 
 彼は何度も角度を変えて楓の唇を貪っている。息苦しくなって楓が僅かに口を開けると、その隙間から肉厚な舌が侵入してきた。

「んっ……」

 絢人の舌が楓の口内を舐め回す。
 隅から隅まで、彼の舌が触れなかったところなどないのではと思うくらい、口腔をくまなく舐られた。さらには歯列もなぞられ、己の内なる部分がどんどんと侵食されていくようだった。
 
 楓の体がピリピリと甘い痺れに苛まれる。脳に直接アルコールを注ぎ込まれたかのように陶然として、楓は己の舌を絡めとる絢人に身を委ねた。

「このまま部屋から出たくないな」

 楓の口の端に溜まった唾液を吸い取り、絢人は吐息混じりに耳打ちしてくる。
 キスの心地よさで潤んだ瞳で楓は絢人を見上げた。
 
 早く行かないと、と彼を急かすはずが、雄の色気を滴らせる彼に見惚れて何も言えなくなる。
 
 正常な思考は既に失われつつあった。恍惚とした表情で楓が彼を見つめ続けていると、絢人はくしゃりと破顔し、楓の火照った頬にチュッと可愛らしい口付けを落とした。

「冗談だ。ほら、行くぞ」

 楓を抱きしめていた腕が解かれる。包み込んでくれていた温もりが名残惜しい。体温が一人分になったことで少し肌寒さすら感じた。
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