俺様御曹司からは逃げられません!
 ため息と共に口火を切って膠着状態を打破したのは、イケメンセレブの彼だった。

「はした金だから気にするなと言ったはずだぞ。聞いてなかったのか?」
「き、聞いてましたけど……。でも私にとっては大金なので頂いたままってわけには……」
「そういうのは自己満足っていうんだ。こんな風に街中で尾けられて、迷惑以外何物でもない」

 絶対零度の表情で吐き捨てる彼に、楓は身をすくませた。

 己の自己満足のせいで、彼は現在進行形で足止めをされて迷惑を被っているのだと思い知り、腑を握り潰されたように楓は青ざめた。
 
 震える声で「ごめんなさい……」と詫びたが、彼の猛攻が止むことはなかった。凍てついた眼差しが楓を容赦なく射貫く。

「何が目的だ?……まあ大方予想はつくがな。いい金蔓を見つけたってところだろう。探偵でも使って、俺が今日ここに来ることを突き止めたのか?」

 侮蔑に満ちた目で楓を睨むと、彼は忌々しげにそう吐き捨てた。
 とんでもない誤解をされていると知った楓は慌てて首を横に振る。
 
「そんなことしていません!あなたがまた通りかからないかと思って、ここで待っていただけです……本当です……私はただ、お金を返したかっただけで……」
「下手な言い訳だな。そんな偶然があるわけ……」
「だから、一ヶ月ずっと待っていたんです!」
「――――は?」

 楓は夢中で叫んでいた。ただ、己の不名誉な疑惑を晴らしたい一心だった。
 そんな楓を前にして、彼は意表を突かれたように固まっている。

「……どういう意味だ?一ヶ月ここで待ってたのか?ずっと?」

 信じられないと言わんばかりに顔を引き攣らせながら、そう訊ねてくる。実際その通りなので、楓はコクリと頷いた。
 
「はい。二十四時間ってわけじゃないですけど、仕事帰りに毎日……」
「馬鹿だろ」

 残念なことに楓のひと月の苦労は、冷笑と共にバッサリと一蹴された。
 もうちょっと手心を加えてもらいたい、と楓は心の中でちょっと涙ぐむ。
 
 だがその代わり警戒は解いてくれたらしい。彼の表情に少し温度が戻った気がした。
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