俺様御曹司からは逃げられません!
「俺は一度くれてやった金を回収するほど狭量じゃない。ありがたいと思うなら黙って受け取っておけ」

 わずかに口の端を持ち上げて、彼は不遜に言い放つ。
 
 どうあっても受け取ってはもらえないらしい。
 気は咎めるが、ありがたく受け取る他ない。楓はやるせない気持ちになりながらも、封筒を鞄にしまうことにした。

「あの時は親切にしていただいて、本当にありがとうございました。私だけだったらどうしたらいいのか分からなくて、本当に助かりました。ありがとうございます」

 最後にもう一度お礼だけは言っておきたいと、楓はガバッと勢いよく頭を下げた。
 
 だがあまりにも勢いがつきすぎていたせいだろうか、その瞬間視界が白んで狭窄し、グワンと頭が揺れた。
 
 顔から血の気が引いていき、体勢を保っていられなくなった楓の体が崩れ落ちそうになる。
 
 倒れる――そう悟って楓はぎゅっと目を固く瞑った。
 
 しかし痛みは訪れなかった。
 代わりに強い力で腕を引き上げられ、頑強な何かが腰に巻きついたことで、よろめいた体がしっかりと支えられる。
 ふわりと鼻腔をかすめる清涼な香りに楓はひゅっと息をのんだ。

「今度は何だ?おまえ、また怪我でもしたのか?」

 頭上から呆れたような、けれども僅かに優しさを伴った声が降ってくる。
 クラクラと揺れる視界の中で楓がなんとか頭を持ち上げると、こちらを見下ろす漆黒の双眸と視線が重なった。
 
 彼の瞳はネオンを受けて、夜空のように煌めいていた。覚束ない視界の中で、それだけが鮮明に見える。

「立てるか?」
「え……あ、わっ!す、すみません!」

 彼の瞳に吸い込まれそうになっていた楓は、ようやっと己の体勢に気がついた。
 まるで抱きしめられるように、彼に支えてもらっている。とんでもないやらかしである。
 
 慌てて体を離そうとしたが、「暴れるなよ」と笑い混じりにいなされ、彼は意外にも優しい手つきで楓の身を起こしてくれた。
 
 心臓が早鐘を打ったかのように高鳴っている。彼の腕の逞しさを思い出し、楓は頬に朱を刷いた。
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