俺様御曹司からは逃げられません!
「具合は?」
「だ、大丈夫です……ちょっとした貧血で……すみません、ありがとうございます」

 なにせここ数日、ほとんどまともな食事をとっていないのだ。血が足りなくなって倒れても何ら不思議なことはない。
 
 お金を返すはずが突き返され、あまつさえまた面倒をかけている。これでは何のためにここで待っていたのか分からず、楓はシュンと項垂れた。
 
 これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと、楓はそそくさと立ち去ろうとした……のだが。

 ぐうぅぅぅきゅるるるる。

 間抜けな轟音が鳴り響いた。楓のお腹から。

(なんで、よりにもよって今?!)
 
 己の間の悪さを呪った。恥ずかしすぎて今すぐ消えてしまいたい。

 そんな衝動に駆られながらも、都会の喧騒にかき消されてくれてはいないかと一縷の望みをかけて、目の前の秀麗な顔を見上げてみる。
 が、そんな祈りも虚しく彼は楓の腹部を凝視していた。

「おまえ、腹が減ってるのか?すごい音だな」

 笑うのを堪えているような、少し小馬鹿にしたような口調。
 普段ならムッとするところだが、楓自身、己の醜態にほとほと呆れ果てているので怒る気も起きない。

「これはその、最近物入りなことが多くて食費を切り詰めてるからで。別に、いつも飢えているわけじゃないですから……たまたまです……」
「金がないなら、それこそなんで俺がやった金を使わないんだ?この上ない阿呆だな」

 容赦のない口撃がグサリと楓の胸を突き刺さる。ぐうの音も出ない。
 モゴモゴと口ごもっていると、彼は突如思い立ったようにお付きの人へ顔を向けた。

「予定を変更する。おまえはもう帰っていいぞ、佐伯」

 佐伯と呼ばれたお付きの人は目を瞠った。
 だがそれもまた一瞬で、佐伯はふっと息を吐き目元を和らげると、「それでは失礼致します」と頭を下げ、そのまま帰ってしまった。
 
 一体全体どういうことだろう。
 帰るタイミングをすっかり見失った楓が目を白黒させていると、不意に手を取られた。
 がっしりとした男の手が、楓の華奢な手を包み込む。
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