茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
がなる陽翔の声がリビングを吹き荒れ、百子はびくっとして首を竦める。図らずも彼が百子の内心を全て代弁してしまい、通常なら言い過ぎだと陽翔を諌めるのだが、再び涙して陽翔の胸に顔を埋め、両手を彼の背中に回した。

「百子がなんで不安になって家に帰って来なかったのかがやっと分かった。百子は冷静な方だから、普通なら俺と妹が一緒に歩いてたって何とも思ってなかったと思う。だがその前に元彼の浮気相手と会って色々嫌なことを思い出して心が弱ってたんだな」

内心を言い当てられて百子は頷く。彼の指摘した通り、百子は過去に弘樹が他の女性と歩いていたのを何度か見たことがあり、一度そのことを詰ると嫉妬するような重い女は鬱陶しいと言われたことを思い出したのである。嘆きと悲しみに支配され、他の可能性を考えずに陽翔に心配をかけてしまったことに、百子は自責の念にかられていた。

「うん……本当にごめん。陽翔は私を裏切って無かったのに、私……酷い勘違いしてた……」

「俺はそんなに気にしてない。むしろ百子が話そうとしてくれた方が嬉しいと思ってる」

いつの間にか背中に回っていた陽翔の腕に力が込められた。彼の温もりに包まれてこのまま体を預けていたいところだが、事情を話すと決めた以上ずっとくっついている訳にもいかない。

「ありがとう、陽翔。陽翔といると安心する」

百子は赤い黒目をしながらも微笑み、一度ティッシュで鼻をかんでから陽翔に向き合った。

「あのね……私、元彼が浮気して他の女性と歩いてるのを見たことあるの。だから後になってそれを問い詰めたわ。でもそうしたら……あの人は疑って嫉妬する女は重いからって怒ったの……あの人に嫌われるのが嫌で、追求するのは止めたけど、それでも私は捨てられちゃった……だから……」

もう何度頬を伝ったか分からないが、一筋頬をぬるい液体が流れたかと思えば、それは止めどなく溢れて百子は両手で顔を覆ってしまう。

「もう、捨てられ、る、のは……嫌。こうし、て、思、い……出す、のも……嫌。わ、私を……私を、置い、て……行、かないで……ごめん、なさい……!」

百子の叫びが氷水に漬けたカミソリの刃のように陽翔の心臓を削り取り、ひりひりとした痛みが彼の心を掻き回す。陽翔はその痛みを振り払うかのように百子の体を強く掻き抱いた。
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