茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
「本日はありがとうございました。これで新薬も問題なさそうですね」

陽翔にとっては何とも居心地の悪い時間が終わりを告げて、陽翔は頭を下げた。直帰しても良いと会社からは言われていたので、早く百子を迎えに行きたいのである。深山とこれ以上同じ空間にいたくないという思いももちろんあるのだが。今日出会って陽翔は確信した。深山の顔も声も、百子のくれたあのおぞましい浮気現場の映像の男と一致していたのだ。

「こちらこそありがとうございます。あの、東雲さん。よかったらこれから飲みに行きませんか? 近くに美味しいお店があるんです」

陽翔はこめかみをピクリと動かす。取引先なので断りづらいということもあるのだが、百子と過ごす時間が減るのが一番辛い。そして陽翔は深山が百子を手ひどく裏切ったために余計にご一緒したくないのである。しかし何かしら彼から探れる情報もあるだろうと思い、陽翔は断腸の思いで承諾した。家に帰るのが遅くなる連絡をしますと断ってから、陽翔はビルから出て百子に飲み会で迎えに行けない旨を送信する。

「もしかして彼女さんですか?」

爽やかな表情を崩さない深山に、陽翔は思わず困惑した。百子から聞いている彼は控えめに言っても人間の悪い所の寄せ集めのような感じであり、てっきり仕事ができない人間かとばかり思っていたために、今日出会って彼の印象がかなり変わったのだ。だからといって彼の百子にした極悪非道の所業を許す理由にならないが。

「ええ。彼女じゃなくて婚約者ですが」

本当は妻だと言いたかったのだが、まだ指輪もしていないので今回は我慢しておいた。それでも頬がどうしても緩んでしまい、深山はそれを察知したようだ。

「東雲さんは婚約者様が本当にお好きなんですね。そんな優しい顔をなさるとは」

「大学の頃から好きでしたから。偶然出会ってそこから付き合うことになったんですよ」

百子との幾年ぶりに出会った時のことを思い出して、渋面を作りそうになった陽翔だったが、彼が目当ての店を見つけたらしく、陽翔から視線を逸らして声を上げた。深山は割と人の表情を読み取るのに長けていると気づいた陽翔は、彼の前で眉根を寄せないように気をつけているのである。
< 115 / 242 >

この作品をシェア

pagetop