茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
居酒屋にしては洗練されている内装が陽翔は気に入ったが、目の前にいるのは百子と陽翔の共通の天敵である深山である事実に、彼は回れ右をしたくなった。深山の話術が巧みなだけに、陽翔の戸惑いは深まるばかりである。陽翔は何とか腹を括り、たこわさや唐揚げ、だし巻きや枝豆をつまむ。陽翔はどちらかというと下戸なのだが、深山はそうでもないようで最初のビールのあとはハイボールやジントニックなどの比較的アルコールが強めの酒を飲んでいたが、下戸の陽翔に合わせたようで飲酒のペースを落とし、おつまみを中心に注文し始めるようになった。話は弾んでいたものの、おつまみではなくかんなくずかダンボールでも食べている気分になってしまい、せっかくの食事が台無しである。一緒に食べている人が違うだけでこんなにも味の感じ方が変わるものかと、陽翔は百子と二人でスパゲッティを楽しく食べていた時との落差をこれでもかと見せつけられてげんなりする。

「竹下さんはどこかに異動されたのですか?」

陽翔にしては珍しく話を投げかけた。彼は基本的に話を投げかけることはせず、聞き役になるのが基本だ。案外聞き役の方が話の流れをコントロールできることを知っているのである。

「はい。本部に栄転になったんですよ。寂しいけど社員としては喜ばしいことなんで、悲喜こもごもなお別れ会でしたよ」

「そうでしたか……竹下さんにはずいぶんと助けられたことがありましたから残念でした。竹下さんは愛妻家で有名でしたね。転勤の時も奥様はついて行かれたかもしれません」

深山はここで表情を曇らせたが、陽翔は期待してた反応を引き出せたので内心でほくそ笑む。

「どうしました? 深山さん」

「いえ……その……」

深山が目を左右に動かしていたが、陽翔はいつも浮かべているよそ行きの笑みを貼り付けて促した。深山の笑い声が大きくなったこのタイミングを逃すわけにはいかないのだ。

「俺で良ければ聞きますよ。もちろんプライベートのことでも」

深山は手元にあるハイボールをぐいっと飲み干すと眉を下げてぽつぽつと話し始めた。

「いや……実は今の彼女と上手く行ってなくて……それで元カノのことをちょいちょい思い出すようになったんです。元カノは小さいことにも気がついて、家事も仕事もそつなくこなしてました……俺よりもずっと段取りも良くて、高給取りで。付き合ってる時はそれが嫌でならなかったんです。プライドを踏みにじられたようで……何で俺は彼女にあんなことを……彼女があの場にさえいなければ上手くいってたのに」

陽翔は煮えたぎる憤怒が火を吹かないようにするので精一杯だった。
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