茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
「えっと、お腹、空いてない? それとも、お風呂、入る?」

飲みに行ったと聞いているにも関わらず、何とも間抜けな問いが口から出てきた。陽翔に抱きすくめられたのは嬉しかったものの、彼の慌てぶりに違和感を抱いてどんな風に声を掛けたら良いのか混乱してしまったのだ。

「百子」

「何?」

「百子が欲しい」

明らかに飲み会で何かあったのだと感じた百子だが、今聞いても良いのだろうかと逡巡していると、陽翔が百子の首筋に顔を埋めて軽く歯を立てて思わず体が跳ねる。百子の首に貼り付いた髪も一瞬待って雫をぱっと飛ばし、陽翔にそれが掛かってしまうが、彼は気にも留めていないようだ。

「陽翔、私まだちゃんと体拭いてな……んんっ」

首筋を弱く噛まれたことにも驚いたが、自分がまともに体を拭いていない状態を思い出して抗議する。その声すら陽翔の口の中に消えてしまい、百子は拳で彼の胸を何度か叩いた。

「もう! だめったら! 陽翔が濡れちゃう! ほら、シャツがびしょびしょじゃないの! そのままお風呂に入りなさい!」

彼の腕が緩んだので、百子は肩に引っ掛けていただけのバスタオルを頭から被る。陽翔の昏い瞳と目があって百子は息を呑んだが、彼の顔に手を伸ばしてゆっくりと頬を撫でてから、少しだけつま先立ちをして彼に口づけした。

「飲み会で何かあったんでしょ? お風呂の後にゆっくり聞かせて。もしお腹空いてるなら台所に作りたての味噌汁があるから」

百子は彼にそう言い残し、足早に脱衣所を出てそのドアを閉める。

(やっぱり今日の陽翔は変よ……少なくとも飲み会の後の顔じゃない。ひょっとしてその後に嫌な人と会ってた? それとも陽翔が何かをやらかした?)

百子は首を振った。今ここであれこれ頭を巡らせたとて、陽翔の真意が分かる筈もないからだ。

「うっ……」

鼻がツンとしたのに気づき、陽翔にバレないようにバスタオルを口に当ててくしゃみをした百子は、パジャマを脱衣所に置き忘れたのに気づく。お風呂場のドアが閉まった音を聞いてすぐに自分も脱衣所に入ったが、脱衣所にある鏡で自分の首に噛み跡を見つけてしまって、百子は羞恥で悶絶しながら素早くパジャマを身に着けて、陽翔の分のバスタオルを用意したと思えばやや乱暴に脱衣所のドアを閉めた。
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