茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
陽翔は文字通り固まってしまった。思いはあるのに、喉から出そうとしたら引っかかったような感覚があって、口を開けないのだ。口を開けたとて、そこからは言葉は出てこないだろう。陽翔自身が言葉を出すのを拒否しているのだから。

「ゆっくりでいいの……私に教えて? 何回でも言うけど、私の前では強がらないで……私の前では、感情をどうか抑えないで……」

陽翔は自分の髪を今にも泣きそうな顔の百子が撫でるのを見て、彼女の体を引き寄せて強くかき抱いた。彼女の肩に顔を埋めた陽翔は血を吐くように声を震わせた。

「……どうしようもなく、腹が立った……俺を裏切ったことも、不倫された俺自身にも……! でもそれ以上に悲しかった……!」

「……うん」

百子は彼の胸板に顔を押し付けられながらも、短く相槌を打って彼の背中に手を回す。そしてその広い背中を擦った。

「悲し、かった……置いて、行くなと……そう言いたかった……俺とは、真実の、愛で、結ばれて、無かったのかと……そう、聞きたかった……! 俺といた時は……ずっと、ずっと、我慢、して……付き、合ってた、のか、って! あの、半年、は……なん、だったのか、って……!」

陽翔の声はくぐもっており、体が僅かに震えていた。百子はその震えを宥めるかのように、繰り返し彼の背中を擦る。

「うん……悲しいよね。だって……不満に思うことがあったらまずは話し合わないとだめなのに……彼女はそれをサボって……ひょっとしたら逃げてたのかもしれないけど、陽翔と向き合うことを放棄したのよ。しかも不倫って形で裏切ったんだから……怒って当然だし、悲しくて当たり前。置いて行かないでって寂しくなるのも当たり前よ……陽翔はその気持ちを全部一人で抱えてたのね……」

陽翔の震えが今度は小刻みになり、彼の吸う息と共に肩が上下していた。百子は陽翔の胸板に軽く唇を押し当てる。

(こんな思いがあったのね……陽翔……辛かったね……私も……この気持ちを知ってる。陽翔が私に置いていくなって言ったのはそんなことがあったからなのね……)

彼の心の叫びを反芻していた百子は思わず涙ぐむ。元彼にされた仕打ちと、その時の悲しみが手に取るように分かったからだ。

「辛かったね……そんな気持ちを押し込めてたらしんどいのは当たり前よ。押し込めるのだってエネルギーがいるんだから……でももう大丈夫。ちゃんと口に出して陽翔は気持ちを言えたんだから。嫌な気持ちを否定しなかったんだから。ちゃんと自分の思いを認めたんだから。陽翔……あなたは一人じゃないのよ。辛いなら辛いと、苦しいなら苦しいって、私に聞かせて? 一緒にどうしていくかを考えましょう」

陽翔は百子の目を憚ることなく、大声で泣き出した。
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