茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
本革でしっかりした造りの、書類やパソコンが入っているその鞄は自転車の男性の後頭部にぶつかり、女性の鞄が男性の手から離れる。その直後に金属が勢い良く叩きつけられる音と、鈍くこもった音がして辺りは一時騒然となった。百子はひったくり犯がバランスを崩して女性の鞄を手放すことを狙って鞄を思い切り投げたのに、まさか転倒するほどの衝撃だったとは考慮の外だったためにみるみる顔を青ざめさせていたが、一連の動向を見ていた周りの通行人達がひったくり犯の腕を押さえつけたり、警察に通報したりして助けてくれたので、百子は鞄を抱えて座り込んでいる女性の前にしゃがんで声を掛けた。

「あの、お怪我はありませんか」

声を掛けられて女性は顔を上げ、百子は僅かに目を見開く。恐ろしい目に合ったにも関わらず、その双眸に恐怖が見当たらなかったからだ。百子は不躾だとは思ったが、ほんの少しだけ力強さが見られるその瞳をした彼女をしげしげと見つめる。顎がほっそりとして、鼻梁の通った顔立ちをしている。頭頂に少しだけ銀が混じっているものの、髪は艶があり美しく、クリーム色の肌にはシミがあまり見当たらずに若々しく見えた。

「ええ……大丈夫よ。鞄の持ち手でちょっと手を擦りむいたくらい。そんなことよりも、貴女……ありがとう。貴女がいなかったら私はもっと怪我をして、鞄を盗られていたわ。貴女、勇敢なのね」

百子は無言で首を振る。あの時は体が勝手に動いただけであり、百子が勝手にやったことだからだ。

「いえ、そんな……それよりも痛かったですよね……手を見せてもらえませんか?」

女性は逡巡していたが、両手をおずおずと差し出す。ややカサついているそれは鞄の持ち手を握っていた場所が赤くなっており、皮も少し剥けていたのを見て百子は眉を下げて唇を噛む。
百子は落ちている鞄を拾い、中から絆創膏を取り出して、絆創膏のパッケージを素早く破る。

「いいのよ、かすり傷程度なんだから……」

「だめですよ。かすり傷だって傷なんですから。もっとご自分を労って下さい」

百子は素早く皮が剥けている箇所に絆創膏を貼り、女性に微笑みかける。

「ありがとう……本当に。お礼をしたいから今から付き合って下さる? それか連絡先を聞きたいわ」

驚いたようなその顔に既視感を覚えた百子は口を開こうとしたが、スマホが震えているのを感じ取ってぎくりとする。

(あ! 取引先行かないとなのに!)

「え、えっと、大したことをしておりませんので! 私は急用があるので失礼します! どうぞお大事に!」

深々と一礼した百子は、女性が自分を呼び止める声が背中を叩いたがそれを振り切って取引先の会社まで全速力で駆けた。
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