茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
(うまく行って良かったわ)

百子は取引先との打ち合わせを終えて会社に戻り、報告と処理を終えて家路につく。ひったくりから女性を助けたあの後、ギリギリだが何とか約束の時間に間に合ったのである。しかし身だしなみを気にする時間が無かったので取引先の会社のエレベーターで汗を拭いて髪を手早く整えるに留まった。それでも打ち合わせそのものはスムーズに進み、建設的な話し合いもできて百子は満足している。汗がとめどなく頬や額を伝うので、担当の人に暑いのかと心配された時は少しだけ困惑してしまった。それでも百子はあの女性を助けたことの後悔は微塵も無い。

(あの方は大丈夫かしら……仕事が押してたとはいえ、無礼だったかも)

彼女に対して無愛想な態度を取ってしまったことに後ろ髪を引かれていた百子だったが、駅構内でこちらに背を向けている彼を見て、百子はその思いをそっちのけで走り出した。

「陽翔!」

百子が勢い良く彼の背中に飛びついたものだから、陽翔が足を少しだけ前に出してから踏みとどまる。

「百子、お疲れ様。飛びつくなんて珍しいな」

陽翔は彼の背中からひょっこりと顔を出す百子を見て破顔する。そしてくるりと彼女の方を振り返り、そっと彼女を抱き締めて、その背中を優しく撫でた。

「陽翔が迎えに来てくれるのが嬉しいの。いつもありがとう」

いつもは飛びつかないだろという陽翔の発言は、百子の唇に溶けて消える。彼女に唇を啄まれた彼は、彼女の唇を奪おうとしたが、彼の唇にそっと彼女の人差し指が当てられて叶わなかった。

「ずるいぞ。帰ったら覚悟しろよ」

「きゃっ」

百子は彼に手を引かれて改札を通り、その後は強引に腰を抱き寄せられ、否応なしに陽翔に密着することになって不意に心拍数が上がる。電車に乗っても彼の腕は離れず、むしろ百子を離すまいといつもよりも強く抱き留められた。彼のシャツ越しに彼の体温と早鐘を打つ心音を感じて一気に赤面する。

「ちゃんと俺に掴まっとけよ」

陽翔が何故か不機嫌になってしまったので、百子は彼の言うとおりにして彼のシャツを摘む。

「そうじゃねえよ」

百子の手は陽翔の腕に掴まれ、背中へと誘導された。ただでさえ密着しているのに、これでは家でくっついている時と大して変わらないではないか。くっつくのは嫌いではないので彼にされるがままの百子だったが、彼の豹変に目を回していた。

(陽翔、いつもはそんなこと言わないじゃない!)
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