茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
百子はひったくりの件は伏せて話をした。話してしまうとやれ無茶をしただの、危ないだのガミガミ言われそうだと思ったからである。被害に遭った女性に対してそっけない態度を取ってしまった後ろめたさもあるからだが。

「そういえば昼間はJRが遅延だったな。それなら仕方ないか……取引先の会社に遅れる訳にもいかないしな」

陽翔は納得行かないようで眉間のシワを深くしていたが、背景から考えると致し方ないと言い聞かせて唐揚げを口に放り込んだ。

「間に合ったからいいんだけどね。靴ずれに気づいたのは会社に帰るまでの道だったわ。あの時は急いでて気づかなかったのよ……」

「緊張が解けて痛くなったんだな……でもそれならちゃんと俺に言ってくれ。今日はたまたま俺が気づいたが、そうじゃなければどうするつもりだったんだ」

陽翔に睨まれて百子はビクッとしたが、目を伏せてブツブツと呟きながら焼きナスにかぶりつく。

「別に……自分で手当てするつもりだったし。靴ずれの対処は慣れてるもの。今日は血が出てないし水ぶくれも破裂してなかったから大して痛くなかったし……」

(こいつ……)

陽翔はこめかみを擦りたかったが、箸を持ちながらになって行儀が悪くなってしまうため、彼女への呆れを大きなため息に変換した。

「百子、そうやって自分を蔑ろにするな。痛いなら痛いって言ってくれ。俺に頼ってくれ。百子が痛い思いをしてるのを見てる俺だって辛いんだぞ」

顔を上げた百子は、痛みに耐えるような彼の目の光を感じ取って、ぽつりと思いを吐いた。

「ごめん、なさい……いつも自分で対処してたし、我慢できるって思ったの……でも、やっぱり痛かった……陽翔が私の手を背中に回してくれた時……恥ずかしかったけど凭れられるから足痛いのが少しだけマシになって……嬉しかったの」

完食した空っぽの皿を見つめる百子の言葉に、陽翔は彼女に見えないのをいいことにだらしのない顔つきをしていた。

「そうかよ……役に立ったのならいいけどな。」

「うん。これからはちゃんと言うわ。だから陽翔、陽翔も痛かったりしたら私に言ってね?」

陽翔は頷いて彼女の頭を撫でてた後、ごちそうさまと手を合わせてから立ち上がって自分と彼女の皿を重ねてさっさとシンクへと持っていく。

「ありがとう、陽翔。あの、食器洗いは私がするから、浴槽を洗うのをお願いできる? お風呂沸かすのも」

「ああ、そのつもりだったさ。くれぐれも無理はすんなよ?」

陽翔の過保護に百子はたじたじとなったが、食器洗いを任せてくれることにホッとして百子は首肯した。
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