茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
二人はダイニングへと案内され、陽翔と百子は陽翔の母が座るまで椅子の側に控えていた。陽翔の母の隣にいるはずの陽翔の父は、彼女によるとどうやら仕事が立て込んでいて未だに到着していないらしい。時間を守れよと陽翔のつぶやく声がして、百子は陽翔の母にびしびし言われた時以上に落胆していた。

「どうぞお掛けになって」

陽翔が座り、百子は勧められるまま掛けようとしたが、持っていた紙袋を捧げるように差し出した。

「失礼します……いいえ、その前にこちらを。陽翔さんからお好きだと伺いました。本日はお招き下さり感謝致します」

陽翔の母は目を見開いてつかの間彼女を探るように見つめていたが、頭を軽く下げた百子には見えていない。百子は両手の感触が軽くなったことにホッとして、彼女に微笑みかけてから着席した。

「少しだけ待ちなさい。お茶を淹れるわ」

百子の気のせいだとは思うが、幾ばくか声の硬さが和らいだ彼女は、そう言い残すと台所へ消えていく。それを見計らった陽翔がテーブルの下から手を握って来たので百子は彼に目を向ける。

「すまん……うちの親がいろいろと失礼をしちまって……」

「いいのよ……ある程度予想はしてたから」

陽翔が素性を打ち明けてくれた時から、百子は嫌な予感がしていたのだ。それなりに親が社会的地位のある人間なら、当然子供の配偶者にはなるべく生活水準の対等な人物を宛てがいたいと考えるのは自然な流れである。例え陽翔が社長にならずとも、似たような育ちの人間の方が、育ってきた環境がまるで違う人間と暮らすよりは価値観の齟齬が少なく、互いの育った環境に理解があるために難易度が下がるのだ。

(そして今回の場合は……私が間違いなく陽翔よりも格下になるし)

しかも陽翔の場合は一度婚約破棄を経験している。そうなれば次の候補に対して諸々厳しくなるのも致し方無いと百子は考えた。陽翔の父が遅れている現状と、陽翔の母の冷たい態度には流石に落胆していたが。

足音のする方を向くと、陽翔の母はよく冷えた麦茶のグラスを漆塗りの丸い盆に乗せてやって来た。自分の前にグラスが置かれると、百子は感謝の言葉を掛けて頭を軽く下げた。そして彼女が椅子に座るまで頭を上げずにいた。

「私が紹介した縁談を全部蹴ったと思ったら、急にお相手を連れて来るなんてね。電話貰ったときはびっくりしたわ。しかも結婚を前提にだなんて。あの時の二の舞いは勘弁なのだけど」
< 158 / 242 >

この作品をシェア

pagetop