茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
「父さん、目的を見失うなよ。百子が困ってるだろうが。挨拶の席で何やってんだよ」

陽翔は両親のこの手のやり取りには慣れていたが、百子がこの場にいるのにそれをやる意味が理解できずに、ため息混じりに遮った。健二はどこか真面目過ぎる裕子とは違って明るく気さくで社交的で、ユーモア溢れる冗談を言うのを好むのだが、今回のようにマイペース過ぎることも多々ある。恐らくは固まった空気を和ませたいのだろうが、それは初対面の人間がいるところでやるものでもないと陽翔は思っている。

「ああ、申し訳ない、百子さん。驚かせてすまないね」

「いえ……」

百子は陽翔が止めに入ってくれたことに心底安堵した。健二の乱入はある程度予想はついたものの、その後のやり取りに目を白黒させていたからだ。重苦しいリビングの空気が吹き飛び、裕子の険しかった表情がいくらか和らいだのは喜ばしいことではあるが。

「それにしても百子さん、大きくなったね。こんなに小さかった女の子が美しくなって、しかも陽翔の横に並んでいるのを見られるのは感無量だよ」

健二はニコニコとしながら手のひらを下にして、テーブルよりもやや下に持ってくる。百子はここでようやく彼と会っていたことがあると確信したが、生憎その当時の記憶はやはり探っても見つからない。百子はおずおずと尋ねることにした。

「お、恐れ入ります……あの、どこかでお会いしたことがありました?」

「百子さんが4歳の時に僕は会ってるよ。太一が百子さんのことを公園に連れ出している最中に一度だけね。幼い君が太一に肩車をねだってたけど、太一は両手に荷物を持っていたから、代わりに僕が肩車をしたんだよ」

健二はおどけて片目を瞑った。百子は当時のことを覚えていなかったが、何となく光景が目に浮かんでしまい、顔を赤くして首を振った。裕子と陽翔が驚いて視線を向けたものの、それに応える余裕はない。

「そう、だったのですね……申し訳ありません、覚えてないのです」

「構わないよ。会ったのは一度きりだし、あの後会社から連絡があって結局長い時間を過ごせなかったんだし」

健二は笑顔を崩さずに首を振ったが、百子は何故かその笑みがニヤニヤとしているように見えて訝しむ。

「まあ僕は最近百子さんを見かけたんだけどね。本当にあの時はびっくりしたよ。百子さんは勇敢だね。ひったくり犯を全速力で追いかけて、カバンを命中させるなんて。警察に表彰されてもいいレベルだよ」

百子は先程とは違う意味で顔を赤らめた。
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