茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
(嘘でしょ?! あれを見られてたの?! しかも陽翔のお父様に……! 一体どこで見られてたの?!)

笑みを浮かべている健二と、口をわななかせている百子に、4つの驚きを帯びた瞳が向けられた。それと同時に膝に置かれている手が陽翔にこっそりと握られる。百子は彼の手を握り返したが彼と目を合わせはしなかった。

「ま、ま、待って下さい……いつからご覧に……!」

百子の震える声に、健二はあっけらかんと答えた。

「最初からだよ。僕はたまたま副社長と一緒に我が社に帰る途中だったんだけど、百子さんの声が聞こえてびっくりしてそっちを見ちゃったんだ。僕達は反対側の歩道にいたから反応が遅れてね。僕達が百子さんのいた歩道に渡った頃にはひったくり犯は既に転んでたから、副社長が彼を押さえに行って、僕が通報したんだよ。君は終始被害女性のことをひたすら心配していたから知らないのも無理もないよね」

陽翔はそれを聞いてハッとして百子の肩に手を触れた。

「百子……もしかしてこの前の靴ずれは……」

「……うん、陽翔さんが考えてる通りよ。まあその時私はパンプス履いてることを忘れてたんだけどね。だって、緊急事態だったから」

百子は彼の視線を受け止めながらしどろもどろに返答する。隠していたつもりは百子にはなかったが、彼に隠し事をしたのではないかと追求されると思ったのだ。

「取引先の会社に遅れそうになってたって言ってたが……本当の理由はそれだったのか。何て無茶を……」

「だって目の前で犯罪が起こってるのに、見過ごせる訳ないわよ。そんなこと考える前に体が動いちゃったけど」

百子らしい言い分だったが、陽翔としては承服しかねた。今回は靴ずれで済んだから良かったものの、下手をすると入院沙汰になるか、事件に巻き込まれていたかもしれないからだ。百子は警察官でも、ましてや訓練された人間でもない。呆れて彼が口を開こうとしたが、その前に口を挟んだ者がいた。

「だとしても百子さん、貴女は警察官でも何でもないのですよ。犯人をどうにかする義務なんて無いのに、考え無しに突っ込んでいくのは非常に危険なのよ。貴女は屈強な男でも、格闘技を極めた人間でもない、ただの一般女性だというのに。百子さん、勇猛であることと無謀なことは違います。貴女はその時はたまたま怪我が靴ずれで済んだだけ。今後同じようなことがあったならすぐさま通報なさい」
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