茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
裕子の厳しい指摘に百子はひゅっと息を呑み、小さく申し訳ありませんとだけ口にする。彼女の方角からため息も聞こえてきたため、さらに百子は体を小さくした。

「本当に無茶をする方ね。大怪我にならなかったから良かったものの、入院になったらどうするつもりだったのですか。貴女が傷つくと悲しむ人がいるのをお忘れなの? 貴女の体は貴女だけのものじゃないのですよ」

「……仰るとおりです。申し訳ありません。私が浅はかでした」

「母さんに同意するのも癪だが俺もそう思う。今聞いて心臓が止まるかと思ったぞ。しかもあの時に何で言わなかったんだよ。俺はてっきり電車の遅延だけが取引先の会社に遅れそうになった原因だと思ってたのに……」

「ご、ごめんなさい……」

裕子どころか陽翔にも正論をぶつけられて百子は再び謝罪を口にした。肩に置かれた陽翔の手にも力が入る。百子は今になって自分のやらかしたことが無謀だと理解した。悪いことはしていないとはいえ、二人の心配ももっともだ。百子だって逆の立場なら同じ言葉を掛けていただろう。とはいえ、裕子の態度が最初よりも軟化したのは少しだけホッとしたのだが。

「でも誰かを助けるのは立派なことです。その気持ちを持つことそのものが尊いのです。行動に移すのはさらに尊い。しかしそれは自分の力量の範囲内でやるべきですよ。何をするにしても、自分の力量以上の決断はしてはなりません。そんなことをしたら貴女は助けたい人も助けられず、自分自身も助けられなくなりますよ」

かつてないほど柔らかい声に、百子は思わず頭を上げて裕子の瞳と自分の瞳を交錯させた。先程の彫像のように固かった彼女の表情がまるで微笑んでいるように見えて、胸の奥がほんのりと温まった。

「あの時の百子さんはまるで太一や結城会長を思わせたよ。困った人をほっとけないところはね。でも百子さんは自分が女の子だってことを忘れちゃだめだよ? 流石に僕もヒヤヒヤしたからね」

健二からも小言を言われて百子は首を竦め、心得たと返事をしたが、自身の母の旧姓を耳にして目を見開く。

「あの、祖父をご存知なのですか?」

裕子がさっと健二の方を向いた。どうやら驚いたのは百子だけではないらしい。

「うん、知ってるよ。ユウキフーズの会長でしょ? 今はユウキホールディングスか。十何年かくらい前に引退なさってるけど、お元気になさってる?」
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