茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
貴方だけ癒せるの
陽翔は病室のドアをノックし、百子の元へ足を運ぶ。腕に掛けていたトレンチコートを荷物と一緒に置き、陽翔は一度自分の手を息を吹きかけて温めてから百子の手を握った。
「百子の手、温かいな」
そう呟き、陽翔は美香が作ってくれる色とりどりの薔薇だらけになった病室を見渡し、ふっと微笑んだ。美香と章枝は月に二度百子の元を訪れ、薔薇を作ったり、学校の話を聞いたりして過ごしている。美香が手を握ると、何故か百子は反応を見せるのだ。
「百子が眠ってから3ヶ月、か……」
あれから百子はほとんど反応を見せないものの、脳の機能は失われておらず、何かのきっかけで目覚める見込みだ。しかし肝心の目覚めるきっかけが何かが不明であり、陽翔は百子の好きな音楽をかけたり、季節の和菓子の話や、その日に作る晩御飯のメニューの話をしたりと、あの手この手を駆使している。食べ物の話をすると、比較的反応が出やすいのだ。
「今日はマスカルポーネチーズが安かったから、ココアパウダーとビスケットも買ってきて、ティラミスを作ってみたぞ。味は悪くなかったが、ビスケットをコーヒーに染み込ませるのを忘れてな……」
自らの失敗談を話していると、自然と口元がゆるんで、陽翔は思わずくすくすと笑う。握った百子の手も、僅かに震えて、陽翔はそれに促されるように話を続けた。
「やっちまったって気づいたのは、ビスケットの上にチーズを乗せてからだった……一応食ってみたが、甘ったるくて甘ったるくて……仕方ないからインスタントコーヒーを淹れて、口の中でコーヒーとビスケットを味わう羽目になったんだよな……口に入れたら同じだろって思ってたのに、百子と食べたティラミスと全然違うんだなこれが」
百子の反応は無い。部屋にしばし沈黙が降りたが、彼女が何だか微笑んでいるように見え、それに釣られて陽翔も口元が緩みきってしまう。
「また一緒に行こう。オムレツの店にも、イタリアンの店にも、水族館にも……百子の好きな所に」
陽翔は百子に口付けを落とし、そっと彼女の頭を撫でる。彼女の髪は以前よりも少し伸びており、撫でて乱れた前髪をそっと払ってやった。
「また来るな、百子。愛してる」
陽翔は病室を出るためにドアを開けると、彼はそこにいた者を見てそのまま凍りついた。
「あ、すみません……どなたかいらっしゃるとは思わず……」
手を上げた格好のまま固まっている女性と目が合い、陽翔は女性に向かって爽やかに微笑んで見せる。
「いえ、こちらこそ……お見舞いですか?」
「はい……あの、私、茨城先輩の後輩で……いつもお世話になっていたので……」
分かりやすく頬を染める彼女は、しどろもどろになって陽翔に告げる。しめたと内心でにやりとし、彼は後ろ手にドアを閉め、ポケットの中身を握りしめ、眉を下げて囁いた。
「そうなんだ……きっと百子も喜ぶよ。その前に……俺と少しだけ話さない? 話しかけてはいるけど、返事がなくて……寂しいから話し相手になって欲しいんだ」
「……えっ。いい、ですよ……? 私で良ければ……」
上目遣いをして戸惑う彼女に、陽翔は微笑みを崩さず、女性と入院病棟を出た。
「百子の手、温かいな」
そう呟き、陽翔は美香が作ってくれる色とりどりの薔薇だらけになった病室を見渡し、ふっと微笑んだ。美香と章枝は月に二度百子の元を訪れ、薔薇を作ったり、学校の話を聞いたりして過ごしている。美香が手を握ると、何故か百子は反応を見せるのだ。
「百子が眠ってから3ヶ月、か……」
あれから百子はほとんど反応を見せないものの、脳の機能は失われておらず、何かのきっかけで目覚める見込みだ。しかし肝心の目覚めるきっかけが何かが不明であり、陽翔は百子の好きな音楽をかけたり、季節の和菓子の話や、その日に作る晩御飯のメニューの話をしたりと、あの手この手を駆使している。食べ物の話をすると、比較的反応が出やすいのだ。
「今日はマスカルポーネチーズが安かったから、ココアパウダーとビスケットも買ってきて、ティラミスを作ってみたぞ。味は悪くなかったが、ビスケットをコーヒーに染み込ませるのを忘れてな……」
自らの失敗談を話していると、自然と口元がゆるんで、陽翔は思わずくすくすと笑う。握った百子の手も、僅かに震えて、陽翔はそれに促されるように話を続けた。
「やっちまったって気づいたのは、ビスケットの上にチーズを乗せてからだった……一応食ってみたが、甘ったるくて甘ったるくて……仕方ないからインスタントコーヒーを淹れて、口の中でコーヒーとビスケットを味わう羽目になったんだよな……口に入れたら同じだろって思ってたのに、百子と食べたティラミスと全然違うんだなこれが」
百子の反応は無い。部屋にしばし沈黙が降りたが、彼女が何だか微笑んでいるように見え、それに釣られて陽翔も口元が緩みきってしまう。
「また一緒に行こう。オムレツの店にも、イタリアンの店にも、水族館にも……百子の好きな所に」
陽翔は百子に口付けを落とし、そっと彼女の頭を撫でる。彼女の髪は以前よりも少し伸びており、撫でて乱れた前髪をそっと払ってやった。
「また来るな、百子。愛してる」
陽翔は病室を出るためにドアを開けると、彼はそこにいた者を見てそのまま凍りついた。
「あ、すみません……どなたかいらっしゃるとは思わず……」
手を上げた格好のまま固まっている女性と目が合い、陽翔は女性に向かって爽やかに微笑んで見せる。
「いえ、こちらこそ……お見舞いですか?」
「はい……あの、私、茨城先輩の後輩で……いつもお世話になっていたので……」
分かりやすく頬を染める彼女は、しどろもどろになって陽翔に告げる。しめたと内心でにやりとし、彼は後ろ手にドアを閉め、ポケットの中身を握りしめ、眉を下げて囁いた。
「そうなんだ……きっと百子も喜ぶよ。その前に……俺と少しだけ話さない? 話しかけてはいるけど、返事がなくて……寂しいから話し相手になって欲しいんだ」
「……えっ。いい、ですよ……? 私で良ければ……」
上目遣いをして戸惑う彼女に、陽翔は微笑みを崩さず、女性と入院病棟を出た。