茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
二人の間を、沈黙と休み無く吹き付ける木枯らしが疾走していく。彼女は顔色を失っていたものの、そのまま陽翔を睨みつけ、先ほどの陽翔に負けじと低い声で非難する。

「……えっと……なんのこと、でしょうか? あの、同姓の方と間違われているのでは……」

陽翔はわざと目を見開き、口元に手を当てて額をコツコツと人差し指で叩く。ポケットの中の手は強く無機質な温かさを持つそれを握りしめている。

「……人違いでしたら本当に申し訳ないです。私が知ってる木嶋さんに、貴女はよく似ておられたので。ほら、こんな方なんですよ」

彼女は少しむくれて陽翔を睨んでいたが、安堵したように大きく息をついて、陽翔のスマホを覗き込む。

「もー……びっくりしましたよ東雲さん! 新手のギャグか何かです……か?」

スマホを見た彼女の声は次第に尻すぼみになり、まるで彼女の周りだけ瞬間冷却でもされたかのように、すべての動きが静止していた。スマホから小さく漏れる、百子の元彼を呼ぶ声は、まさしく前にいる彼女の声そのものであり、陽翔は再び低く囁いた。

「……ね? 貴女によく似ておられるでしょう? 容姿も声も、その口調も」

顔色を失っていた彼女の顔が、みるみると赤くなっていき、次の瞬間彼女は陽翔に掴みかかっていた。トレンチコートに、彼女の手の形に深い皺が刻まれる。

「……なっ! なんでそれを……! なんであんたがそれを持ってんのよっ!」

「おっと。病院ではお静かに」

すかさず陽翔が唇に人差し指を当て、木嶋は真っ青な顔色をさっと紅潮させる。彼女は眉を釣り上げ、口がわななき、歯ぎしりの音が聞こえそうなほど、目元と口元を憤怒に歪め、僅かにその体が震えていた。

「質問に答えてなかったですね。俺が《《これ》》を持ってるのは、大事な俺の婚約者のスマホのデータに、こんなものを入れておけないからですよ。目が腐りますし、何よりも可愛い婚約者に、いつまでも元彼とその浮気相手のことを引きずって欲しくないですし」

しれっと答えた陽翔は、血走った目をした彼女の手から逃れるために、スマホを高く掲げた。
ついでに音量ボタンも押して、ループ再生を始めたスマホは、あられもない音を無機質に中庭に響かせる。

「この……! 卑怯者! 動画を消してよ! 悪趣味!」

髪を振り乱し、般若のような表情をした彼女は、彼に掴みかかり、スマホを奪い取ろうとしたが、陽翔は液体窒素よりも冷ややかな目線を寄越すだけだった。

「おや、先に卑怯を働いた者はどちらなんでしょうね? 恋人を寝取った貴女と、貴女が寝取った事実を提示しただけの俺と……それともこれは自己紹介ですか? ここまで説得力のある自己紹介も中々珍しいですね」
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