茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
陽翔は百子の左手に祈るように縋り付き、何度も百子の名前を呼ぶ。睫毛が再びピクリと反応し、陽翔は握っていた手にさらに力を込める。そんな彼の手を、今度は百子の手が先程より強く握りしめた。

「百子ッ!」

陽翔は思わず叫んでしまい、直後にしまったと思って口を閉ざす。だが百子はその声に応えるかのように、僅かに眉根を寄せ、声の主を確認するかのように、ぼんやりとした黒玉を彼に向けた。

「……は、る……と?」

彼女の焦点の合わない瞳と掠れた声が陽翔に向けられる。彼は百子の手を握り、彼女の顔を見つめたまま、ぴしりと音がしそうなくらい体を硬直させてしまう。百子が手を握りしめる感触で我に返った陽翔の頬は、とめどなく溢れるぬるい液体が伝い、シーツに丸いシミをつくっていた。

「ああ……! 陽翔だ……! 百子、本当にっ……! 目覚めて……っ! 良かっ……た……!」

陽翔は百子の手を頬にすり寄せ、荒く息を吐き、しゃくりあげながら言葉を紡ぐ。もっと彼女に言いたいことがあるものの、彼女が目覚めた歓喜で頭を埋め尽くされ、結果的に言葉を唇に乗せられないのだ。

「なん……で……? ない、て……?」

百子は不思議そうに告げ、指先で陽翔の涙を拭う。そんな彼女の気遣いに、陽翔は余計に涙が止まらなくなったのだが、彼女の手を撫でてから下ろし、ベッドの側にあるテーブルの上にあるティッシュで勢い良く鼻をかみ、涙混じりに説明する。

「百子……よく聞いてくれ。百子は3ヶ月と半月目が覚めなかったんだ……」

百子の瞬きが増え、陽翔の言うことが信じられないと顔にはっきりと書いてあったが、彼の真剣な眼差しを見ると、嘘を言ってるようにも思えなかったようで、百子は自分の髪を指でつかむ。するりと指から逃げる髪は、心なしか伸びているように見え、呆然として陽翔の方に目を向ける。

「さ、んか……げ、つ……?」

陽翔が口を開くと、ドアのノックが聞こえたため、彼がそれに応える。入ってきた裕子は二人の様子を見て、慌てて駆け寄ってきた。

「母さん……! 百子が……!」

裕子が口を開く前に、陽翔の悲鳴に近い声がビリビリと病室に、そこにいた者の鼓膜を震わせる。裕子は眉を顰めて陽翔を睨んだ。

「陽翔、百子さんがびっくりするじゃないの。嬉しいのは分かるけど、少し落ち着きなさい。まずは看護師さんを呼ばないと」

裕子は打って変わって、百子を安心させるように微笑みながら、ナースコールを操作すると、すぐさま看護師か飛んできて、百子が目覚めているのを確認すると、切迫したような声で医師を呼んでくると告げ、駆け足で病室を出た。
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