茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
百子の診察が終わり、裕子と陽翔はその結果を医師から聞いて、それぞれ帰途についた。本当は診察の後に百子に話したいことがあったのだが、面会時間を過ぎていたために、後日へと持ち越され、はやる気持ちを何とかして宥めた陽翔は、改めて診察の結果を反芻している。

百子の心拍や呼吸、そして最も肝心な脳には異常が見られないため、そのまま彼女はリハビリをするために入院を継続することになった。彼女は3ヶ月間も歩いていないため、即退院になるとはいかないようである。今年中に百子が退院するのは難しいが、それでも彼女が目覚めたことに関しては手放しで喜んでも良かった。

(本当に……本当に良かった……! あのまま百子目覚めなかったら……俺は……)

陽翔は3ヶ月ぶりにリビングでゆっくりと夕食を取り、湯船に浸かり、ダブルベッドへと身を沈め、静かに枕を濡らす。彼女が目覚めない絶望ではなく、彼女が近いうちに帰ってくることへの歓喜の涙を流すことのできる現在が、陽翔の肉体と精神を激しく揺さぶるのだ。とはいえ、昂ぶった精神は、この3ヶ月の間疲労しきった肉体に抗える筈もなく、程なくして陽翔は頬に冷たいものが伝う感触の中で、意識を失うように眠りにつく。

翌日目覚めた陽翔は、ぼんやりとベッドの側の時計を眺めていたが、勢い良く布団を跳ね除けて着替え始める。今日も休日であることに心底感謝しながら、白米に納豆、そして大根の味噌汁といった簡単な遅い朝食を取り、身支度をして百子の元へと急いだ。病院に着いた時は既に正午を回っており、病室にいる百子は昼食を食べ終えた後だった。

「陽翔、おはよう。来てくれたのね」

百子は陽翔が入ってきたため、彼に微笑みかけながら読みかけの文庫本を閉じる。陽翔がベッドの側まで来たので、百子は陽翔の方角に手を伸ばす。陽翔は点滴の管が取れた彼女の左腕を見て胸を撫で下ろした。

「百子、おはよう。すまん、遅くなった……ちゃんと飯は食えたか?」

陽翔はばつの悪そうな顔をしたが、百子は特に気に留めなかったようで、あっけらかんと食べられたと返答する。

「まだお粥だけどね。長い間食べてなくて、胃が弱ってるって言われて……今でも3ヶ月と半月意識無かったのが信じられない。あの子が助かったのは良かったけど」

百子は目覚めてすぐの診察の時に、開口一番に医師に美香の無事を確認したのだった。百子の直近の記憶は、頭を真っ赤に塗りつぶす程の激痛に、腕の中で泣きじゃくる美香であり、それを思い出した百子は半ば取り乱してしまい、診察が長引いてしまったのだ。医師と看護師が代わる代わる美香の無事と、美香が時折百子の元へ見舞いに来たと説明したので、その後の百子は大人しく診察とリハビリを受けていた。
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