茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
百子は痛いと叫びたくても、喉から出るのはうめき声だけである。そして痛みから逃れようといきもうとしたのだが、助産師からの鋭い声が飛んだ。

「今はいきんじゃだめ!」

「い、いやーー! 無理ですぅうう!」

とはいえ、抗議の声だけはするりと出てきてしまう。

「だめ! お母さんが怪我するし、赤ちゃんもスムーズに産まれなくなるよ!」

もちろん敢え無く撃沈してしまい、百子は陽翔の手を折らんばかりにきつく握りしめる。

「が、頑張れ……」

鬼気迫る助産師と百子のやり取りに、陽翔は小さくなって、細いエールを送る。子宮口が全開にならずにいきんでしまうと、産道が傷ついてしまうと、以前調べた記事に書いてあったと、ぼんやりと思い出した陽翔は、陣痛が収まるように祈りを込めて、幾度も彼女の汗を拭い、励ました。途中で何度かトイレに行こうとしたら、痛みで気が動転している百子は、逃げないでと声を張り上げていたが。

「うん! 子宮口開いた! いきんで!」

百子は呻きながら息を詰める。陣痛の間隔がいよいよ狭まり、脳が焼ききれそうな痛みに苛まれながらも、彼女は陽翔の手を離さなかった。麻酔をしていてもこの痛みならば、自然分娩の痛みは、きっと想像を絶するに違いない。

「産むが易しなんて嘘ばっかり!!」

「大丈夫! 頭が出てきたらすぽーん!って出てくるから! ほら、いきんで!」

百子の見当違いな発言も、助産師は上手くいなして、百子に指示を出す。未来永劫に続くかと思った痛みは、にゅるんと体外に出たものによって、一時的に和らいだ。しかし期待していた産声は上がらない。

(あれ……何で……?)

医師や助産師が厳しい顔をして、取り上げたばかりの赤ちゃんの背中を刺激していた。百子は下腹部が再び痛みを訴え、血の気を無くして陽翔の方を見やる。彼もまた、産声を上げない我が子を見て、言葉を失っていた。

「ふえっ……」

医師や助産師の懸命な処置と、二人の祈りが通じたのか、子猫のような声を上げた赤ちゃんは、瞬時に火がついたように泣き叫ぶ。張りつめていた分娩室の空気が一気に和らぎ、陽翔は百子を抱きしめ、二人は堪えきれずに、声を上げて泣いた。

「百子……! お疲れ様……! ありがとな……!」

百子は彼の感謝の言葉に、何度も頷いてみせた。お産の時に声を出し過ぎたために、喉と口腔が膠で接着されたように動かないのだ。陽翔はしばらく百子の頭を撫でていたが、慌てて彼女の口元に、ペットボトルにストローを刺した物をあてがう。声の戻った百子は、陽翔に体を起こされ、大きな声で泣く我が子と対面した。

「東雲さん、元気な女の子ですよ!」

百子は鈍く痛むお腹を無視し、おずおずと手を伸ばし、おくるみに包まれたリンを、その胸に抱く。温かく、柔らかく、ふんわりといい匂いのするリンは、まるで雷鳴のように泣いており、百子は助産師に促されるまま、彼女の小さな口に、自らの乳房をあてがう。

「いっ……!」
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