茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
百子は一瞬陽翔が何を言っているか分からずに目をぱちくりさせていた。涙もいつの間にか引っ込んでいる。

「……どういう、こと?」

「そのままの意味だ。1ヶ月でここを出るとか言わずに、このまま俺と住まないか? ここの方があの家よりも会社に近いし、部屋も一つ空いてるから別にお前がいても困らないし。荷物をここに運び込んでも余裕はあるぞ」

彼の顔がまるで茹でダコのように赤くなっているのに今更気付いた百子だったが、なるべくそこは意識の隅に追いやり、なるべく平静を保つように心がけた。

「東雲くんの申し出はありがたいけど、ちゃんと独り暮らしできるようにするつもりよ。流石にそこまで甘える訳にはいかないわ」

百子はそう言ったものの、肝心の物件はまだ見つかっていない。今は7月上旬であり、不動産屋もそれほど忙しいわけではないのだが、だからこそなのか、良さそうな物件には恵まれておらず探すのに難航していた。さらに自分の荷物を取りに行く日取りも決めづらいのも辛いところだ。弘樹と鉢合わせしない平日しか取りにいけないのに、やや繁忙期気味の今は取るのが難しいと踏んでいる。何なら自分だけで荷物を全部運ぶなら1日で済むかどうかも微妙だった。それについては物件を契約してからの話ではあるのだが、百子にとっては物件探しよりも難事業である。心理的にあの家に行くのが嫌だということが一番邪魔をしているかもしれない。

「じゃあどこまで進んでるんだ。物件は見つかったのか? 元の家の見積もりは取れるのか? 荷物取りに行く日はどうすんだよ」

「物件は……まだ見つかっていないわ。気になってるところはあるんだけど、条件にあんまりあってないし。見積もりとかも……まだ決めてないわ」

陽翔はあからさまに胸をなでおろしたような表情をした。心なしか嬉しそうにしているのが不思議だが。

「だったらここに住めばいい。住むための費用負担は話し合って決めればいいし、それに元彼に住所を特定されてストーカー化されても困るだろ。聞いてる限りだとお前の元彼は随分と執着してるみたいだしな。それなら俺と暮らす方がずっと安全だし、何かあった時に俺が守ることができる。若い女の独り暮らしなんてリスクしかないだろ?」

百子はここで陽翔の双眸が熱を帯びているのに気づくが、自分の頭が理解するのを拒否してしまう。

「……どうして? どうしてそんなに東雲くんは私にそんなに良くしてくれるの? もちろん良くしてくれたことには感謝してるわ。でも私達、ただの大学の同期でしょ?」

陽翔は百子の言葉を聞いた瞬間、思わず顔が強張ってしまった。
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