茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
(ど……どうしよう……)

会議の資料を確認していても、会議室に行く途中でも、百子は昨日のことが全く頭から離れない。一緒に住まないかという彼の提案は魅力的ではあるものの、そこまで彼に甘えても良いものかと思ってしまうのだ。しかもまさか陽翔が自分に好意を持っているなんてつゆほども考えておらず、あれよあれよと言う間に百子は陽翔に身を任せてしまった。

(恥ずかしい……)

途中で陽翔が自分を名前呼びになっていたのを思い出し、彼が耳元で囁いた自分の名前がループ再生され、百子は自分がどうにかなりそうだった。しかも他の同僚や先輩にも百面相をしてどうしたのかと聞かれ、誤魔化すのが大変で散々な思いをした。仕事はつつがなく進み、何ならいつもよりも効率が上がっていて嬉しい反面、頭の片隅には常に陽翔がいて百子の心を掻き回している。それはチョコを湯煎で溶かしてかき混ぜたかのごとく、甘くねっとりとしているに違いない。

(東雲くんになんて返事をしようかしら……)

百子は陽翔と、返事をしないまま関係を持ったことに驚いていた。陽翔のことは大学時代は喧嘩友達のようなものであり、恋愛感情はなかったからだ。当時彼氏がいたというのも理由の一つだが、自分だけに意地悪をする陽翔のことを好きになる筈もない。なのに昨日突然彼の胸に秘めていた想いを告げられ、なし崩しに事に及んだとなれば、色々と考えない方がどうかしている。

(でも……東雲くんに触られても……嫌じゃなかった)

百子は思わず持っている資料ごと自分の体をそっと抱き締める。最も驚いたことは、百子自身が陽翔を拒まなかったことだった。浮気されて心に傷を抱えていたことは確かだが、彼の指や唇、そして掛けられる言葉に絆されてしまうとは思わなかったのだ。しかもあれほど自分が乱れたのは初めてであり、狼狽はさらに大きくなった。

(仕事中にこんなことを考えてちゃだめね……終わってからでも考える時間はあるわ。今は仕事に集中しないと)

百子は気合を入れるために深呼吸をして、会議室に足を踏み入れた百子は、一時的に陽翔のことを頭の片隅に放逐したのだった。
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