茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
百子は少しだけ考えたが、すぐに口にする。

「朝に家に着いたら、宅急便に集荷依頼をして、その間に荷物を詰めようと思うの。そんなに物を持ってないし、段ボール5つくらいあれば十分よ」

しかし陽翔は眉を寄せて首を振った。眼鏡の奥は悲しみに濡れており、百子はぎょっとする。

「やっぱり俺も行く。荷物の見積もりって案外当てにならなかったりするもんだし、荷物を運ぶのって割と重労働だ。俺の車に積めば集荷依頼とかしなくてもいいし。それに、荷造りが遅れたりして万が一元彼と鉢合わせしたらどうするんだ。最悪乱暴されるかもしれないんだぞ。それにあんまり考えたくないが、元彼の浮気相手も住み着いてる可能性も無くはない。もしそうなら百子が傷つくだけだ。百子、俺はもう元彼に関係することで泣いて欲しくない。だから俺を頼ってくれ。一人では行かせられん」

一応百子は弘樹の行動時間も自分の荷物の量も把握しているので、一人でできると踏んだのだが、陽翔はどうやら心配らしい。弘樹は基本的に夜の8時になるまでは帰ってこないので昼間に全部終わらせれば良いと考えていたが、よくよく考えると百子と同じ日に有給を取っていたりすることも全く可能性がない訳ではない。しかも今更弘樹に会社に行っているかも聞く訳にもいかない。そもそも百子が弘樹をブロックしているので聞ける訳もないのだが。メッセージが4桁に迫りそうなくらい来ている画面を見るのも嫌である。

(しまった……弘樹の相手のこと考えてなかった)

百子は思わず頭を手で押さえた。確かにあの家は一人で暮らすには広すぎる。陽翔の言った可能性は大いにあった。

(しかも……相手はひょっとしたら……)

元彼のことが陽翔のおかげでかなり吹っ切れてきた百子は、今朝あの忌まわしい現場の証拠映像を陽翔にバレないように見ていたが、相手のことが何だか引っ掛かるのだ。
百子は弘樹の相手は百子の会社の、以前百子がいた部署の後輩ではないかとの疑いを持っている。自分の記憶にあるあの忌まわしい現場と、証拠映像を見て似てるだけだとは思うものの、確証はないに等しい。彼女が映っているのはほんの数秒だし、ほとんど弘樹しか映ってないからだ。仲はそれほど悪い訳でも無かったが、もし本人と確認が取れた場合はまた吐き気と頭痛がコンボで百子を苦しめにかかるだろう。確証がないので、流石に百子はそのことを陽翔には告げていなかったが、心に渦巻く濁った灰色は暗雲となって立ち込め、拭ってもすぐに纏わりついてくるのだ。

「……うん。陽翔……ありがとう。一人だと不安だから、ついてきてくれたら嬉しい」

百子は一時的にその暗雲を振り払い、にっこりと笑ってそう言った。しかし陽翔は彼女が表情を一瞬だけ曇らせたのを見逃さない。
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