私の幸せ

しかし、詩織の気持ちを凍らせるかのように「滝本さん」と低い声が彼の名前を呼んだ。詩織と透が声のした方を見れば、黒いツンツンとした髪が特徴的な無愛想な男性が立っている。

「総務の方が呼んでましたよ」

「ああ、知らせてくれてありがとう。すぐに行くよ。上山さん、お疲れ様」

「お、お疲れ様です」

透は振り返ることなく廊下を早足で去っていく。どこかたくましい後ろ姿を詩織が見ていると、「おい。顔を赤くして気持ち悪ぃな」と刺々しい声が降ってきた。声の主は無愛想な男性である。

男性の名前は黒井綾人（くろいあやと）。詩織とは同期という関係にあるのだが、彼は何故か詩織にだけ刺々しい言葉をよく投げ付ける。最初は戸惑っていた詩織だったが、今ではすっかり流せるようになっていた。

「私が顔を赤くしていようと、あなたには関係ないでしょ。それよりプレゼンのことに集中したら？」

「目の前で色ボケてる奴がいたら、集中したくてもできねぇよ」